2018年12月27日木曜日

2018年ベストブック20選

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「2018年ベストブック20選」



▼石川宗生『半分世界』
▼宮内悠介『超動く家にて 宮内悠介短編集』
▼古橋秀之『百万光年のちょっと先』
▼瘤久保慎司『錆喰いビスコ』
▼ドン・ウィンズロウ/田口俊樹[訳]『ダ・フォース』
▼アンジェラ・カーター/望月節子[訳]『新しきイヴの受難』
▼森瀬繚『All Over クトゥルー クトゥルー神話作品大全』
▼エイドリアン・マッキンティ/武藤陽生[訳]『コールド・コールド・グラウンド』
▼藤田祥平『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』
▼ジョー・イデ/熊谷千寿[訳]『IQ』
▼ドナルド・E・ウェストレイク/矢口誠[訳]『さらば、シェヘラザード』
▼フィリップ・マティザック/安原和見[訳]『古代ローマ旅行ガイド 一日5デナリで行く』
▼平山夢明『恐怖の構造』
▼土屋健/前田晴良[監修]『化石になりたい よくわかる化石のつくりかた』
▼ヴィクトル・ペレーヴィン/東海晃久[訳]『iphuck 10』
▼竹宮ゆゆこ『あなたはここで、息ができるの?』
▼飛浩隆『零號琴』
▼マーク・ブレンド/ヲノサトル[訳]『未来の〈サウンド〉が聞こえる 電子楽器に夢を託したパイオニアたち』
▼キム・ニューマン/北原尚彦[訳]『モリアーティ秘録』
▼鈴木智彦『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』


半分世界 (創元日本SF叢書)
石川 宗生
東京創元社
売り上げランキング: 93,497


超動く家にて 宮内悠介短編集 (創元日本SF叢書)
宮内 悠介
東京創元社
売り上げランキング: 336,348


百万光年のちょっと先 (JUMP j BOOKS)
古橋 秀之
集英社
売り上げランキング: 125,901


 こってりと、そして飄々と書き綴られた奇想がたまらない、石川宗生『半分世界』。他愛ないネタとパスティーシュの大盤振る舞いに、清水義範的味わいも感じさせてくれる、宮内悠介『超動く家にて』。いまはなき《SFJapan》掲載のショートショートが7年を経て矢吹健太朗の挿絵とともに書籍化を果たした、古橋秀之『百万光年のちょっと先』。それぞれ中編枠、短編枠、掌編枠として印象深いものがありました。



ダ・フォース 上 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
売り上げランキング: 20,854

ダ・フォース 下 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
売り上げランキング: 13,480


サカナとヤクザ: 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う
鈴木 智彦
小学館
売り上げランキング: 330


 ドン・ウィンズロウ『ダ・フォース』鈴木智彦『サカナとヤクザ』は今年の個人的“悪徳”枠2冊。『ダ・フォース』は警察小説警官デニー・マローンの輝かしい栄光と哀しき転落の物語。組織内外での喰い合いで泥沼にからめとられ、葛藤の末に決断にいたるマローンは必ずしも万人の共感を得られるようなキャラクターではないし、ストーリー的にはハデさも疾走感も抑えめ、ともすれば地味とも所帯じみているともいえるのだけれども、ウィンズロウのズバ抜けた筆力でどこまでも太く読ませるノワール・ドラマ。「マローン班」の気心の知れた面々の小粋なやりとり、挿入されるエピソードがどれもいいです。



錆喰いビスコ (電撃文庫)
錆喰いビスコ (電撃文庫)
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瘤久保 慎司
KADOKAWA (2018-03-10)
売り上げランキング: 5,611


 瘤久保慎司『錆喰いビスコ』は、防衛兵器により文明が崩壊し東京に大穴がブチ空いた荒廃した日本を舞台にしたポストアポカリプス冒険活劇。例えるならばアクション増し増しの『アド・バード』(椎名誠)。あるいは『モンド9』(ダリオ・トナーニ)に通じる世界観。『モンド9』が荒廃した世界を駆ける超巨大駆動ストラクチャーが中心だったのに対し、こちらはイキのいいキレたキャラクターたちが東京砂漠ならぬ埼玉鉄砂漠を駆け、血生臭く歯切れの良いドンパチを繰り広げる。オールドスクールな魅力も抜群。早々に第2巻も刊行され、コミカライズも決定。年明けに第3巻の刊行が予定と、ノリにノッています。



新しきイヴの受難
新しきイヴの受難
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アンジェラ カーター
国書刊行会
売り上げランキング: 125,428


All Over クトゥルー -クトゥルー神話作品大全-
森瀬繚
三才ブックス (2018-03-10)
売り上げランキング: 66,864


 アンジェラ・カーター『新しきイヴの受難』は酩酊感を伴ったアダムとイヴのremixとでもいう趣。拉致された男が人体改造で女となり、男に生まれたが女として生きてきた者とやがて結ばれ身籠もるというストーリー。マジックリアリズムな趣で男性性と女性性への意識を攪拌する。「歴史が神話を追い抜いた――そして廃れさせた」という本編のセリフは本作を形容している感もありました。森瀬繚『All Over クトゥルー』は、「クトゥルー」のクの字に少しでもかすっている作品をカテゴリ別に分類した「クトゥルー神話作品総カタログ」を大幹とする労作。前田俊夫コミカライズ版『邪聖剣ネクロマンサー』や、フロントミッション ガンハザード(「ナイトゴーント」が敵機として登場する)なども紹介されており、思わず邪悪な笑みを浮かべてしまいました。



コールド・コールド・グラウンド (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エイドリアン マッキンティ
早川書房
売り上げランキング: 92,699


IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
売り上げランキング: 19,224


 エイドリアン・マッキンティ『コールド・コールド・グラウンド』は、はみだし巡査部長ショーン・ダフィの活躍を描くアイルランドの警察小説シリーズ第1作(タイトルはトム・ウェイツの曲に由来)。ジョー・イデ『IQ』はロサンゼルスを駆ける切れもの無免許探偵、アイゼイア・クィンターベイこと“IQ”を主人公としたシリーズ第1作。銃撃と爆弾と隣り合わせの日常をタフでウェットに生き抜くはみだし系刑事ショーン・ダフィ、クールな観察眼と哀しき過去を持つアイゼイアと、腐れ縁の相棒ドッドソン(元ギャング、料理がうまい)――両作とも主人公サイドのキャラクター造型が非常に魅力的。また、音楽と縁深い作品同士でもある。前作がロック&クラシックなら、後作はヒップホップ&ジャズといったところ。



手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ
藤田 祥平
早川書房
売り上げランキング: 81,708


 AUTOMATONでレビューやコラムを書かれているSyohei Fujitaと、IGN JAPANでゲームにまつわる物語を綴られている「電遊奇譚」を連載中の藤田祥平が同一人物だということに、つい一年前まではまったく気づいていなかったのですが、氏が今年発表した『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』は、彼の半生記であり私小説でありゲーム小説。現実世界と電脳世界が交錯する「物語」としても心に残りました。書籍版『電遊奇譚』は本書と表裏一体の関係を成しており、併せて読むとまた面白い。



さらば、シェヘラザード (ドーキー・アーカイヴ)
ドナルド・E・ウェストレイク
国書刊行会 (2018-06-27)
売り上げランキング: 284,709


古代ローマ旅行ガイド (ちくま学芸文庫)
フィリップ マティザック
筑摩書房
売り上げランキング: 199,435


 ドナルド・E・ウェストレイク『さらば、シェヘラザード』は、犯罪小説やコメディ・ミステリの名手ウェストレイクが「〈書けないこと〉を技巧とネタを尽くして書きまくった本」であり、「スランプに陥ったポルノ小説のゴーストライターを主人公としたメタ・フィクション」であり。率直に言えば「ヘンな本」です。テクニカルにしてナンセンス。実験的ともいえるし禁じ手ともいえる奇書。フィリップ・マティザック『古代ローマ旅行ガイド』は、タイムスリップ感覚で古代都市ローマを紹介する、気安く読める「西暦二〇〇年のトラベル・ガイドブック」。A e s t h e t i cなカバーも素晴らしい。



化石になりたい よくわかる化石のつくりかた (生物ミステリーPRO)
土屋 健
技術評論社
売り上げランキング: 110,494


 土屋健/前田晴良『化石になりたい』は、「入門編」「洞窟編」「永久凍土編」「湿地遺体編」「琥珀編」「火山灰編」「石板編」「油母頁岩編」「宝石編」「タール編」「立体編」「岩塊編」「番外編」に章立てされた化石本。己を化石として残すならどうしたらよいか、という思考実験の書としてもよい。「汚物溜めに落ちる」はいいセンを行くらしく、人間の尊厳を捨てる覚悟があれば化石化に一歩近づけるようです。土屋氏の著作では、本書の少し前に出た『怪異古生物考』(監修:荻野慎諧)も面白かった。新たなる『幻獣辞典』といった趣。



恐怖の構造 (幻冬舎新書)
恐怖の構造 (幻冬舎新書)
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平山 夢明
幻冬舎 (2018-07-30)
売り上げランキング: 75,228


 平山夢明『恐怖の構造』は、パラパラとページをめくるだけでもかなり示唆に富む面白さ。不安・恐怖が人間に及ぼす影響、エンタメにおいて如何に作用しているかが軽妙に綴られており、第4章「ホラー小説を解読する」が特に素晴らしい。自転車屋で空気を入れていたら見知らぬオッサンが空気の入れ方がなっとらんといきなりやってきて空気を入れまくってタイヤを破裂させ車体も破壊し出てきた店主もぶん殴ったという幼少期の一幕や、奥さんがもらってきた市松人形が次々と周囲にヤバい影響を及ぼしていく「川崎大師事件」がサラっと第1章で語られているあたりもスリリングです。



iPhuck10
iPhuck10
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ヴィクトル・ペレーヴィン
河出書房新社
売り上げランキング: 115,679


 ヴィクトル・ペレーヴィン『iphuck 10』は、2017年発表の長編の邦訳。あっちこっちエラいことになっている近未来を舞台に、スマートフォンめいたハイスペックな〈性具〉にダウンロードされたアルゴリズム(犯罪捜査と小説執筆を行う)がたわごとを理性的かつ饒舌に綴りまくっていく批評的・挑発的オメガ・ノベル。初期の作風からずいぶんと変わったものだと仰天しつつ、もはや狂気なのか正気なのかもわからないままにズルズル引きずり込まれてしまう。



あなたはここで、息ができるの?
竹宮 ゆゆこ
新潮社
売り上げランキング: 72,983


 一般文芸にフィールドを移してからの竹宮作品もだいたい追ってきていますが、竹宮ゆゆこ『あなたはここで、息ができるの?』は、ここにきて変化剛速球をブン投げてきた! と驚かされた一冊。先に挙げたウェストレイク『さらば、シェヘラザード』と、ある意味で近いといえば近い感触かも。しかしながらパワーあふれる語り口はまぎれもなく竹宮節であり、ドライヴ感を伴った「一点突破の」ストレートなストーリーです。



零號琴
零號琴
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飛 浩隆
早川書房
売り上げランキング: 6,949


 7年に及ぶ改稿作業を経てついにお目見えした飛浩隆『零號琴』は、「基本、お気楽な読み物」「「新しい」ものは、たぶんない」と著者あとがきにある通りの肩肘張らずに読めるSFエンターテインメントであり、古今のエンタメ作品の残響がこだまする異形のスペースオペラであり、極大スケールの「読む音楽」小説ともいえる、贅沢にしてポリフォニックなイリュージョン。「最終回の向こう側」というフレーズが今も頭の内から離れません。


未来の〈サウンド〉が聞こえる 電子楽器に夢を託したパイオニアたち
マーク・ブレンド
アルテスパブリッシング
売り上げランキング: 9,652


 ひとくちに「電子音楽」といっても色々あるわけですが、同分野に対する知的好奇心をモリモリ満たしてくれる一冊が、マーク・ブレンド『未来の〈サウンド〉が聞こえる』。電子音楽の草創期・黎明期から、ポップカルチャーへの浸透、商業ベース、メインストリームへの乗り上げを大衆文化的視点で見通しています。翻訳は、明和電機やブラックベルベッツなどでも知られるミュージシャンのヲノサトル。本書の翻訳企画を出版社に持ち込まれたのも氏であります。

 

モリアーティ秘録〈上〉 (創元推理文庫)
キム・ニューマン
東京創元社
売り上げランキング: 14,907

モリアーティ秘録〈下〉 (創元推理文庫)
キム・ニューマン
東京創元社
売り上げランキング: 14,902


 圧倒的物量と魅力を誇る歴史改変スーパー吸血鬼大戦〈ドラキュラ紀元〉シリーズ(現在アトリエサードよりシリーズが順次復刊中)で知られるキム・ニューマン。彼が書き上げたホームズ・パスティーシュならぬ「モリアーティ・パスティーシュ」が『モリアーティ秘録』。〈ドラキュラ紀元〉シリーズと同様の手さばきとサービス精神でモリアーティとモラン大佐の冒険が活写され、大量の原注や訳注にも笑みがこぼれることうけあいの、ザ・クライム・エンターテインメントです。