『すずなる瑠璃のたまゆらに』
ライナーノーツ
1995年発表のアダルト/美少女ゲームというと、何を思い出すだろうか。姫屋ソフト/C's wareの『EVE burst error』、エルフの『同級生2』『遺作』、F&C/フェアリーテールの『ロマンスは剣の輝き』『バーチャコール』、etc、etc……。振り返ってみれば、1995年はアダルト/美少女ゲームにとっても端境期といえる年ではなかったか。Windows95の日本版が発売されたのは1995年11月。コナミの『ときめきメモリアル』(PCエンジンSUPER CD-ROM2版)、光栄コーエーの『アンジェリーク』(スーパーファミコン版)といった非18禁の恋愛シミュレーションゲームシリーズが登場したのは1994年。チュンソフトの『弟切草』(1992年)を嚆矢とするサウンドノベルのシステムに着想を得て、アクア(アクアプラス)/Leafがビジュアルノベル『雫』を発表したのは1996年のことであった。
ここに、1995年に制作されていた知られざるアダルトゲーム『すずなる瑠璃のたまゆらに』の資料がある。同作は、レーベル「フェイク」が、Windows用恋愛アドベンチャー/ノベルとして開発がスタート。「山口好きっ子あつまれ~!」をキーワードに据え、「ゲームを媒介とする町おこし」という、当時としてはかなり斬新な狙いをもった野心作だったが、Windows95での発売を見越して、PC-98ベースの開発環境からシフトした際に延期に次ぐ延期を重ねたことがたたり、レーベル自体が解散を迎えてしまう。システム、ストーリー、音楽のいずれもがほとんど完成に近い状態だったが、プロジェクトはあえなくお蔵入りとなった。当時のスタッフの一人がのちに語ったところによれば、「経営陣の音楽性の違い」が要因のひとつであったというが……。
ゲームの舞台は、1995年夏の山口町。プレイヤーは山口県各地の名称や名産をモチーフにしたキャラクターとの高校生活を送り、「いつか振り返るときが来る、あの日の思い出」作りのため、文化祭ライヴに向けて悪戦苦闘していくストーリーを、クラスの秀才、天才型ベーシスト、自殺未遂系、オカルト系、パソコンオタク、留年した剣士、ギャルといった7人のヒロインが賑々しく彩っていく。歴史に「もしも」はないが、もしも、本作が世に出ていたら……。そんな想像を、私はしてやまない。
……と、もっともらしく書いてきたが、『すずなる瑠璃のたまゆらに』は、「1995年に開発中止になった」という設定の「架空の」アダルトゲームである。「よかった、不遇のプロジェクトはなかったんだ」と、胸をなでおろした向きもあるかもしれないが、今あなたが手に取ろうとしている『すずなる瑠璃のたまゆらに オリジナルサウンドトラック』は、ここにこうして「実在」している。知られざる1995年の夏の音像が鮮やかに蘇ったのだと思って聴いてみてほしい。
ちなみに、「架空のアダルトゲーム」のサウンドトラックには先例がある。ケン・スナイダー(coda)とスティーヴン・ヴェレマ(surasshu)のユニット〈yogurtbox〉が2011年に発表した『Tree of Knowledge ~知恵の樹~』は、テーマの根幹に「90年代」を据え、往時のPC-98のアダルト/アドベンチャーゲームの空気感を再現した入念なサウンドを聴かせた一作だ(『DESIRE 背徳の螺旋』『EVE burst error』『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』などの音楽を手がけた梅本竜へのトリビュートも込められている)。興味のある向きはぜひチェックしていただきたい。
『すずなる瑠璃のたまゆらに』のサウンドトラックに話を戻そう。主な楽曲制作メンバーは、おのP、椎名治美、gimmikcの3名。おのPは、和楽器を中心として表現する同人音楽サークル「ゆるふわ軒」の主宰であり、都山流(尺八)の准師範。「shack'n」の別名義を持ち、BaseSonの『あっぱれ!天下御免』『戦国†恋姫』、アピリッツの『かくりよの門』などの音楽に演奏家として参加歴がある。『すずなる瑠璃のたまゆらに』プロジェクトは、彼の第二の故郷が山口であることに端を発しており、暖かな望郷の念を抱かせる「瑠璃光寺瑠璃のテーマ」「汎用(夕暮れ)」や、須藤幸子(箏)・大上茜(琵琶)を迎えての合奏曲「ぶるとっぴん」に、彼の作風の真髄をみた。
サントラのほぼ全ての楽曲のアレンジを手がける椎名治美は、ライアーソフト『腐り姫』『Forest』他や、PULLTOP『ゆのはな』『しろくまベルスターズ♪』他、アリスソフト『超昂閃忍ハルカ』など、数々のタイトルに関わってきたベテラン作編曲家。「萩あゆみのテーマ」の和楽器ポップスタンダードや、「赤間すずりのテーマ」の和楽器レイヴ、フルート+トランペットによるマカロニウエスタン調の「湯田葛葉のテーマ」など、フレキシブルにジャンル対応可能な彼のアレンジセンスは随所で安心感をもたらしてくれる。恋愛シミュレーションにおける「日常曲」の重要さを熟知したプロフェッショナルな手さばきだ。
本作の世界観ディレクションとストーリーも手がけているgimmikcは、日本音階をフィーチャーしたスラッシュメタル調の「巌流志摩子のテーマ」や、ファンク調の「下関義隆のテーマ」といったシンセロック、壬生狂言の劇伴における打楽器の抜きと真女神転生のオープニングBGMのオマージュが入り混じったようなイメージの「汎用(怒)」を提供している。また、「壇ノ浦朱鷺子のテーマ」は、ゲストメンバーの大上茜の作曲によるもの。スウィンギンな琵琶の旋律がスリリングだ。
2曲の主題歌では、如月梢がヴォーカルを務める。オープニングテーマ「蒼き瑠璃の 玉の御統(みすまる)」は、深い情緒に満ちたバラードナンバー。作詞者のgimmikcによれば、山田博章の80年代の短編「多麻能美須麻流」に感銘を受け、いつか創作に「たまのみすまる」の言葉を使いたかったのだという(源流をたどれば、古事記に綴られた国譲りのエピソードにおいて高比売命(下照比売命/シタテルヒメノミコト)が詠んだ歌「阿米那流夜 淤登多那婆多能 宇那賀世流 多麻能美須麻流 美須麻流邇 阿那陀麻波夜 美多邇 布多和多良須 阿治志貴多迦 比古泥能迦微曾也」に、この言葉を見ることができる)。エンディングテーマ「たいせつなたからもの」は、思わず頬が緩むハートウォーミングなご当地グルメ(お菓子)ソング。チュンソフト『かまいたちの夜』『街 ~運命の交差点~』や、すたじおみりす『神無ノ鳥』、BaseSon『恋姫†無双』シリーズなどを手がけてきた、たくまる(加藤恒太)のピアノ演奏が花を添える。イマジネーションを鮮やかにかき立てる、宵町めめの美麗なイラストレーションとともに思いをはせてみてはいかがだろうか。
本作には最後にゴーストトラックが収録されていることにも触れておこう。「都山流尺八楽本曲『寒月』」は、都山流の創始者、中尾都山による三段構成の純邦楽曲。音源は、2019年9月20日に群馬で行われた、おのP(尺八)&たくまる(ピアノ)による当意即妙のライヴパフォーマンスを収録したもの。ゆるふわ軒がライヴ演奏も可能な同人音楽サークルであるということを存分にアピールする音源ともなっている。
『すずなる瑠璃のたまゆらに』
オリジナルサウンドトラック
2020年3月1日 M3 2020春
https://www.m3net.jp/attendance/
サークル「ゆるふわ軒」にて頒布
(第一展示場 A10-a)
《すずなる瑠璃のたまゆらに》公式サイト
https://onop8424.wixsite.com/index/o-s-t
ショップ取扱い
【BOOTH】
https://onop8424.booth.pm/items/1838301
【とらのあな】
https://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/item/040030814281/
【メロンブックス】
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=634271