前述の『Inuit』のころはヴァイオリンのクラシカルな響きをフィーチャーしたフュージョン/イージーリスニング色の強いしっとりとしたシンフォニック・ロック作品という印象(クロスオーヴァーな料理の仕方ではクライズラー&カンパニーに通じるところもあります)でしたが、サウンドはあれから格段に変貌を遂げています。冒頭の"Suitcase war" "Connect Four"は、エレクトリック・ヴァイオリンが攻めの姿勢でガンガン切り込む、痛快なモダン・ジャズ/プログレッシヴ・ロックとでもいうようなパワフルさです。シタール&パーカッションをフィーチャーした"Sandstorm"や、デジタルな音色とナレーションも交えた"'G' as in Gears"など、幅の広がりもあるユニークなサウンドになっております。また、スウェーデンのchiptunerである“Goto80”ことAnders Carlssonがゲスト参加しているところも見逃せません。彼が参加した"Insert Coin"は、そのタイトルからも明白なように往年のゲームのSEも交えたトリッキーでユニークなプログレ meets チップチューン。その一方で、"Le temps qui fait ta rose"のような、しっとりとしたシネマティックなサウンドも健在。"Slippery Slope" "Die Grauen Herren"の二曲では、ジャズ・チェリストのMarcello Rosaを迎えて、チェンバー・ロック的な気品と鋭さのある表情も見せてくれます。全体的に聴いていて涼しげな顔が浮かんでくるような楽曲が多いのがミソでしょうか。
神林長平原作のスラップスティックSFシリーズ〈敵は海賊〉の第二作目『猫たちの饗宴』は、'89年にキティフィルムによってアニメ化され、翌'90年にビデオリリースがされております。ブリティッシュ・ハード・ロック界のミュージシャンが多数参加した企画イメージアルバム『敵は海賊 オリジナルサウンドトラック: KAIZOKU』は前回ご紹介しましたが、こちらは'90年にキティレコードからリリースされた本編の劇伴BGM集。二枚のサウンドトラックは現在どちらも廃盤になって久しいのですが、プレミア度はこちらのほうが高めです。ジョン・スローマン(LONE STAR~URIAH HEEP~GARY MOORE BAND)の歌うオープニングテーマ"Danger On the Street"と、リー・ハート(FASTWAY)の歌うエンディングテーマ"It's Only Love"はこちらにもフルサイズで収録されております。劇伴トラックの数がそんなに多くない(11曲)ので、収録しないとヴォリュームが不足するため、入れざるを得なかったとも言えます。
劇伴トラックは、米持孝秋、中島重雄、小林正人のAIR PAVILIONの三人に、ティム・カーター&ナイジェル・グロッカー(SAXON)、トビー・サッドラー(AIR RACE~SAMSON)、クリス・オシャーナシィ(TOMMY SHAW BAND)の計七名でレコーディングされております。ノリのよいシャッフル調の"Take Off"や、ハードなフュージョン"Space Traveler"、ブルース"Blues for Sergent"、ロングトーンのギターソロをフィーチャーした"The Cat's Lament"など、じっくり聴かせるタイプの楽曲が中心。また、シンセサイザー打ち込みによるインストゥルメンタル"Sailing"は『KAIZOKU』収録版では40秒ほどの短縮版でしたが、こちらは2分30秒のフルヴァージョンで収録されております。"My Lady Carey's Dompe"は16世紀イギリスの古楽で、つのだたかし氏(つのだ☆ひろ実兄)率いる古楽アンサンブル「タブラトゥーラ」が演奏しています。
01. Danger On the Street(Vo:ジョン・スローマン)
02. Fanfare
03. Take Off
04. Space Traveler
05. A Cat's Iron Stomach
06. Blues For Sergent
07. My Lady Carey's Dompe
08. Selemony
09. Cats On the Run
10. March of the Run
11. The Cat's Lament
12. Sailing
13. It's Only Love(Vo:リー・ハート)
神林長平原作のメタフィジカル・スラップスティックSFシリーズ〈敵は海賊〉。シリーズ第二作目「猫たちの饗宴」は、'89年にキティフィルムによりアニメ版が制作されており、同年末にCSチャンネルで放送され、翌年にソフト化(全六巻)されております。いま観返すとキャラクターデザインに時代を感じますが、アニメ本編は原作のノリも再現しつつよくまとまった良作です。本CDは、アニメ放送に少々先がけてにリリースされた、同作のオリジナル・サウンドトラック。総監督である山田勝久氏の要望で、劇伴はコテコテのハード・ロック/ヘヴィ・メタルという方向性が打ち出され、ハード・ロック・バンド AIR PAVILIONの米持孝秋氏、中島重雄氏、小林正人氏の三名が中心となって制作されております。日本国内で作編曲とデモテープの作成作業をハイペースで進めたのち、十日間ほどのスケジュールでロンドン・レコーディングを行うという、非常にタイトなスケジュールであったようです。ライナーノーツはある意味、必見。
これだけ名うてのメンツが関わっているとなると、生半可なものなど出来ようはずもなく、骨太の仕上がり。"Danger On The Street"は、ジョン・スローマンがヴォーカルをとるヴァージョンがオープニングテーマに採用されておりますが、CDにはポール・ディアノがヴォーカルをとるヴァージョンも併録されております。ラフでケレン味たっぷりなポール版の悪どい魅力も捨てがたい。キャッチーなシンガロングの"It's Only Love" "Crystal Eyes"や、ハードなエッジの効いた"Big Beat, No Heart"。渋めのミドル・チューン"Waiting Here Alone"、スリリングなプログレッシヴ・ハードロック"Speed Kills"や、白熱したギターソロの応酬が繰り広げられる"The Fight"など、バンドの枠を飛び越えたハード・ロッカーたちの夢の饗宴がここにあります。サウンドトラックとしても、良質のスーパー・プロジェクト作品としても楽しめる、二度おいしいアルバム。
イタリアン・プログレッシヴ・ロック・バンド バロック・プロジェクトの4thアルバム。コンポーザー/キーボーディストのルカ・ザッビーニとヴォーカリストのルカ・パンカルディを中心に2004年に結成されたBAROCK PROJECTは、2007年にフランスの老舗レーベルMUSEAより『MisterioseVoci』でデビュー。その後、五人編成となり、2009年にイタリアのMELLOW RECORDSより2ndアルバム『Rebus』をリリース。メンバーチェンジを経て、2012年に三人編成で『Coffee In Neukölln』をリリースしております。本作『Skyline』は、ギタリストにMarco Mazzuoccolo、ドラマーにEric Ombelliを加え、再び四人編成となっての作品です。また「バンド主導で、よりクオリティの高い作品制作を行いたい」というメンバー新たな決意のもと、今年の4月7日から5月9日にかけてクラウドファウンディングサイト kickstarterで本作の共同制作プロジェクトを立ち上げ、最終的に$3256を集めファンドを成立させているという背景もあります(わたくしも少しばかり投資いたしました)。晴れて、自主レーベル「ARTALIA」からの第一号作品となった本作のジャケットを手がけたのは、GENESIS『Nursery Cryme』やVan Der Graaf Generator『Pawn Hearts』、Le Orme『Elementi』のジャケットなどでも知られるポール・ホワイトヘッド。そして、NEW TROLLSのヴィットリオ・デ・スカルツィがゲスト参加しております。
ルーツにあるEL&PやGENESIS、NEW TROLLSなどの影響も消化したうえで、クラシカルなテイストとモダンなセンスを巧みに兼ね備えた彼らのサウンドはデビュー当初から定評がありましたが、前作での洗練を経て、本作でよりいっそう華開いたものを感じさせます。プログレというと過剰に詰め込まれがちなきらいがありますが、このバンドは「重すぎず、しかし軽すぎず」という絶妙なラインで押しと引きをハッキリと見せている。ここがミソなのではないかとわたしは思うのです。EL&P/キース・エマーソンを思わせるクラシカルで華やかなアップテンポのキーボード・プログレッシヴ・チューン"Overture"を一曲目ではなく二曲目に据え、ピアノソロ、ブラス、ストリングスが盛り込まれた変幻自在のアレンジで起伏に富んだ約9分の"Gold"をアルバム一曲目にもってきたところに、彼らの本作への自信のほどがうかがえようというもの。イントロのぶ厚いコーラスワークもフレッシュな掴みとしてバッチリ。ヴィットリオ・デ・スカルツィのヴォーカルとフルートをフィーチャーした"Skyline"は、滋味にあふれる約10分のバラード。単なるハク付けのような起用ではもちろんありません。貫禄のヴォーカルとアコースティック・サウンドを基調にした前半と、颯爽としたフルートが飛び出す小気味良くもハードな後半、ともに聴き応えたっぷりの大曲です。ミドルテンポのハード・ロック チューン"Roadkill"を挟み、再び10分越えの"The Silence of Our Wake"は、アコースティック・ギターのカッティングとストリングス・アレンジが全編に渡って効いた大曲。長さをものともしないのは、コーラスやストリングス・アレンジはもちろん、変拍子を交えた複雑なアレンジも巧みにこなすザッビーニの手腕の妙です。ピアノとストリングスが穏やかなヴォーカルを包み込む小品"The Sound of Dreams" "A Winter's Night"。前作でも聴かせたファンキーなアクセントの効いたプログレッシヴ・ハード"Spinning away"。壮麗なストリングス・アレンジをバックに歌い上げたのち、スリリングなクラシカル・ロック"へと鮮やかに移行するドラマティック極まる大曲"Tired"と、個々の楽曲の密度の高さはラストまでいささかも衰えることなく、再び華麗な起伏に富む"The Longest Sigh"で堂々たるエンディングを演出。まさしく、どこを切っても美味しい、ゆるぎない内容です。現在進行形のイタリアン・プログレッシヴ・ロックの魅力を、ぜひ堪能していただきたい。
そして『Slyline』は、マーキー/ベル・アンティークから7月25日に国内盤でのリリースを予定しております。これが日本初紹介。kickstarterで$15以上の投資者へのボーナストラックでもあった10分の叙情曲"The Book of Life"と、前作『Coffee in Neukölln』の楽曲"Fool's Epilogue"のライヴテイクの二曲を収録したボーナスCD付の二枚組、紙ジャケット&SHM-CD仕様というあたり、レーベルもかなり力を入れていることがうかがえます。アルバムの曲順は国内盤化にあたり変わっているようですが、メンバーが自信をもって送り出した本作で日本に紹介されるのは実にめでたいです。もっともっと売れて欲しいですし、さらなるワールドワイドな躍進にも大いに期待いたします。
ル=グウィンは、『闇の左手』『風の十二方位』そして〈ゲド戦記〉などで知られる、いわずとしれたSF/ファンタジーの大家。'85年は、彼女が文化人類学的なアプローチで書いたノンシリーズ長編『オールウェイズ・カミング・ホーム』を刊行した年でもありました。対するベッドフォードは現代音楽作曲家としての作曲活動のみならず、ケヴィン・エアーズのアルバムのオーケストラアレンジや、彼のバックバンド The Whole Worldへの参加を皮切りに、マイク・オールドフィールドの『Tubular Bells』『Hergest Ridge』のオーケストラアレンジ/指揮(後者は公式での音源リリースはされませんでしたが)、エドガー・ブロートン・バンド、ロイ・ハーパーのアルバムへの参加など、ブリティッシュ・ロック・シーンへの関わりも大きなものでした。個人的には、CAMELの『A Live Record』(1978)での指揮/アレンジや、「MOTHER」のアレンジサウンドトラック(1989)の"Wisdom of the World"のストリングス・アレンジも印象に残っています。そんなベッドフォード氏がスペースオペラをテーマに作品を仕上げたというと少々意外に感じるかもしれませんが、アンサンブル曲の"A Dream of the Seven Lost Stars"(1964)や"Star Clusters, Nebulae and Places in Devon"(1971)、アルバム『Star's End』(1974)など、宇宙をテーマにした楽曲/作品はいくつもありますし、'71年に行った実験アンサンブル「With 100 Kazoos」は、ロジャー・ゼラズニイ、シオドア・スタージョン、サミュエル・R・ディレイニーなどのSF作家や、天文学者のパトリック・ムーアらに捧げられており、SFへの関心は昔から強くあったのではないかと思われます。