2015年2月26日木曜日

イタリアが生み出した、パイプオルガンとプログレッシヴ・ロックの荘厳で重厚な蜜月(ネオゴシック・トッカータ) ― THREE MONKS

Neogothic Progressive ToccatNeogothic Progressive Toccat
(2011/05/24)
Three Monks

商品詳細を見る

https://itunes.apple.com/jp/album/neogothic-progressive-toccatas/id370754902

イタリアのBlack Widow Recordsは、同国のプログレッシヴ・ロック・レーベルのなかでもダークでヘヴィなサウンドを持ったバンドのリリースに邪悪な情熱を燃やしている奇特なレーベルなのですが、近年拾い上げたなかでもある種の極めつけともいえるのが、このTHREE MONKS。オルガンはオルガンでも、パイプオルガンを大々的にフィーチャーしたバンドであります。19世紀ドイツの作曲家/オルガニストのユリウス・ロイプケから影響を受け、若いころからクラシック方面で研鑽を積む一方、KING CRIMSONやVan der Graaf Generatorといったブリティッシュ・プログレへの敬愛も抱いていたコンポーザー/オルガニストのPaolo Lazzeriが、インディペンデントレーベルのオーナーでもあるベーシストのMaurizio Bozzi、ふたりのドラマー Roberto BichiClaudio Cuseriらとともに結成。2010年に発表されたデビューアルバム『Progressive Neogothic Toccatas』は、重厚な音色を鳴り響かせるパイプオルガンと、ロック的なパフォーマンスでボトムを支えるスピーディーなリズム隊のコントラストから生み出される複雑怪奇なトッカータとフーガという、そのタイトルになんら偽りのない衝撃的な内容で驚かせました。荘重な暗黒オルガン・プログレの開祖ともいえる奇才 アントニオ・バルトチェッティ率いるJACULAと、その後身であるANTONIUS REXはもちろん、イタリアン・ホラー音楽の大家であるGOBLIN/クラウディオ・シモネッティの系譜にも連なるということを示しつつ、オルガンを主役にしたゴシック・スタイルのプログレッシヴ・ロックを展開するスウェーデンのPär Lindh Projectとも共通性も見出せる存在として、存分に存在感をアピールしたわけです。




Legend of the Holy CircleLegend of the Holy Circle
(2013/10/21)
Three Monks

商品詳細を見る

https://itunes.apple.com/jp/album/the-legend-of-the-holy-circle/id731356353

2013年に発表された二作目『The Legend of the Holy Circle』は、シンセサイザーも多用するようになり、荘厳さは一歩引いた印象ですが、プログレッシヴ・ロック・バンドとしての一体感は増しております。眩暈がするほどに邪悪なうねりを伴った"The Holy Circle"や、中間部でリリカルな側面をのぞかせる"The Battle Of Marduk"など、より往年のイタリアン・ロックのテイストを志向したことでバランスのとれた内容になっております。Paolo Lazzeriのクラシカル・オルガニストとしての本領をみせた、心洗われるフーガ"The Rest Of The Sacred Swarm"も絶品。キーボード・プログレ愛好者はもちろん、死ぬほどパイプオルガンを聴きたいクラシック・リスナーもどうぞ。



なお、Paolo LazzeriのYouTubeチャンネルでは、ユリウス・ロイプケ、ヴォイチェフ・キラール、リック・ウェイクマン、キース・エマーソン、Van der Graaf Generatorなどの楽曲のカヴァーなどが数多くアップロードされており、これまた必見であります。
https://www.youtube.com/channel/UCNGmSevu0VNFXwEItN7vHSA

https://www.facebook.com/Threemonks

2015年2月25日水曜日

スパイシーで縦横無尽、抜群のドライヴ感に富むプログレッシヴ・ハードロックを無造作に投下する、ワシントンの謎の存在 ONY

 bandcampに存在する謎のバンドというのはそう珍しいものでもないですが、なかにはビックリするくらいの求心力を持った手合いが紛れこんでいて、うっかり出くわしたりすると嬉しくなります。今回ご紹介するこのONYも、まさに驚きの存在。この謎のクリーチャーが描かれたアートワークもなんとも異様なのですが、プロフィールはワシントン州レッドモンドの出身であるらしいということしかわかりません。バンドなのかソロアーティストなのかも、どういうバックグラウンドを持っているのかも一切わからない。また、2012年6月に十曲の楽曲をアップロードしているのですが、一枚のアルバムとしてまとめるでもなく、すべて単体リリースという形をとっています。

 サウンドはフュージョン・タッチのテクニカルなギタープレイとオリエンタルなムードたっぷりのプログレッシヴ・ハード・ロックで、まさに縦横無尽のドライヴ感に富んだシュレッドなプレイが一貫した痛快極まる仕上がりなので、そこから推測するに、確かな技量を持ったギタリストが中心人物であるのは間違いないのではと思います。90年代フィンランドの伝説のサイケデリック・ハード・ロック・バンドであるKingston Wallや、姿を消して久しいスウェーデンのネオクラシカルギター仙人 スティーヴン・アンダーソンに近いものを感じさせますが、こちらには彼らの孕んでいた神秘性のようなものはさほどなく、むしろカラッとした後腐れのなさに全振りしたかのようなたたずまい。先立つものは何もなくとも、楽曲の説得力のみで一気に引き込んでゆきます。以下に、ONYがこれまでリリースした楽曲を全曲掲載いたします(各曲ともname your priceでダウンロード可能)。まずは長尺シャッフル・チューンの"Free Radicals"や、オリエンタルな方向性を強く印象付ける"Dead Gods Dancing"、ピロピロせわしない疾走チューン"Ghost's Dance"あたりをとっかかりとしてどうぞ。ヘンリー・マンシーニの"ピーター・ガンのテーマ"の秀逸なカヴァーも、むわっとした暑さすら感じさせるスパイシーなアレンジで味わい深いものがあります。














先に挙げたKingston Wallやスティーヴン・アンダーソンにからめて、90年代のゼロ・コーポレーションのメタル系カタログにしれっと紛れ込んでいてもおかしくないなと思いましたし、往年のシュラプネル・レコーズ系のテクニカルギタリストの諸作を好む手合いなどにはまさにストライクど真ん中の方向を行く内容でしょう。

2015年2月21日土曜日

迷い込み、翻弄されるという至福。異なる二つの世界を繋いだ珠玉の幻想曲集 ― 悠木碧『イシュメル』(2015)

イシュメル(初回限定盤)(DVD付)イシュメル(初回限定盤)(DVD付)
(2015/02/11)
悠木碧

商品詳細を見る


 声優であり、アーティストとしても確固たる世界観を持つ悠木碧さんの1stフルアルバム。前作のミニアルバム『メリバ』では新居昭乃さんと保刈久明氏の黄金コンビとのコラボレーションが実現し、彼女たちとの共同作業によって自身の内面にある世界観をどう表現するかということにもより意識が注がれたこともあり、ひとつの転換点ともなった内容でした。ぜひとも次はフルアルバムのスケールで彼女の世界観をより広く味わってみたいという気持ちも高まっていたので、個人的にもまさに待望のリリースでありました。この日をどれだけ待ったことか! 初回限定盤には白と黒の二色のイメージを基調としたPVを収めたDVDに加え、60ページのヴィジュアルブックも付属しており、ファンタジックなイメージへのこだわりの一端をうかがえます。ちなみに、アルバムタイトルの「イシュメル」ですが、これは旧約聖書に登場する放浪者の宿命を背負ったイシュメールにちなんだ…というわけではなく、とくに意味はないそうです。彼女の飼い猫はアシュベルというのですが、もともとイシュメルと名づけられるはずだったものの、聞き間違えられてアシュベルにされてしまったのだとか。ある意味、受難といえば受難なのかもしれませんが。

 『世界征服~謀略のズヴィズダー~』のエンディングテーマ"ビジュメニア"、『彼女がフラグをおられたら』のオープニングテーマ"クピドゥレビュー"、ともにアニメタイアップとなった二枚のシングル曲も含む本作でまずポイントとなるのは、過去作での作詞でも名を連ねていた藤林聖子さんを全面的に起用し、悠木さんの持つファンタジックなイメージにしっかりとした統一感を与えているところではないかと思います。前述の二曲のタイアップソングでも、アニメのイメージと悠木さん本人のイメージをどう両立させるかというところで少なからず苦心があったようですが、藤林さんはその点を見事にクリアされておりました。悠木さんのヴィジョンを言語化できる彼女の存在はやはり大きいですね。

 アルバムの制作にあたっては、まず悠木さんがコンセプトの全体像を作詞家/作曲家へ提示し、先方から返ってきた詞と楽曲のデモをもとに、さらに悠木さんが肉付けしていくという、互いにインスピレーションとイマジネーションでもみ合った方式ですすめられていたようです。『メリバ』では"メリーバッドエンド"(必ずしも全てがハッピーで終わらない)を主眼にしたコンセプトを展開しておりましたが、今回のアルバムでは、今いる「人間世界」と、そことはまた別の基準をもった「スキマ世界」、そしてその間をつなぐ「ターミナル」を舞台に、一方が向こうに迷い込んだり、一方が向こうからちょっかいをかけてきたりといった、それぞれの世界に住む存在同士のおっかなびっくりな交流を描き出しており、一見スウィートなようで、どこかダークという、予定調和にならないポイントがあるメルヘン・ファンタジーという側面は本作でもしっかりと根付いております。また、前述のシングル曲を「ターミナル」にあたる楽曲としてアルバムに配しているというのは、コンセプトの統一感を図る上でも非常にうまいと思いました。



 アルバムオリジナル曲は、1stミニアルバム『プティパ』より参加しているbermei.inazawa氏と、"クピドゥレビュー"の作編曲者である、元ポメラニアンズの河原﨑亙(zakbee)氏、そしてtofubeatsも一目置いた気鋭のコンポーザー 辻林美穂tsvaci)さんの三人がメインとなり、各人が悠木さんのロリータ/ウィスパー・ヴォイスの特性を活かしたシンフォニックなアレンジの楽曲で色彩を与えております。ワルツやスウィング・ジャズに寄った曲調が多いのも、そのマッチングゆえでありましょう。複数のキャラクターを演じ分ける悠木さんのヴォーカルも印象的であります。辻林さんは「人間世界」にあたるイメージの楽曲を中心に提供されており、オーボエとピアノを主体にキラキラした音が散りばめられた夢心地のワルツ"SWEET HOME"や、ミステリアスなムードでスウィングする"迷宮舞踏会(ラビリンスボール)"、モンスターが人間世界へ思いを馳せる様を賑やかに描いたジャジーなポップス"Angelique Sky"、エレクトロ/アンビエント テイストのふんわりとしたスロウチューン"ロッキングチェアー揺れて"で、多様な魅力を味わわせてくれます。

 これまでの作品でも悠木さんとbermei.inazawa氏の相性のよさは特筆するべきものがありましたが、本作でも頼もしさを発揮されており、彼女の心強いパートナーであるという印象をより一層感じました。"アールデコラージュ ラミラージュ"は、まさにアール・デコさながらの華やかな装飾の音がめくるめく幻想曲。5/8拍子と6/8拍子を織り込んだメリハリの効いたアレンジもさることながら、Bメロとサビの目の醒めるような開放感、「Ya-Pa-Pa Ya-Pa-Pa~♪」というかわいらしいスキャットと時に魔性をのぞかせるヴォーカル、すべてが見事なバランスで噛み合っております。極上の世界観を演出したドリーミーなプログレッシヴ・ポップスと形容してしまいたくなる、そんなとんでもない曲でありました。本アルバムの核としてみならず、「悠木碧」というアーティスト、ひいては彼女の世界観を象徴するといっても過言ではないと思います。まばゆさでは続く"ビジュメニア"も同様で、「3/4テクノポップスカのオーケストラ和え」とbermei氏が述べていましたが、どこまでも清廉なイメージが眼前に広がる傑作です。ゆったりとした「間」の味わいを感じさせ、まさにスキマな幻想ピアノトロニカ"たゆたうかなた"と、幼いイメージのとろけそうなヴォーカルとシュッとしたエレクトロニカのコントラストのある"ソラミミPiZZiCATO"もたまらない趣向であり、いやはや、脱帽です。



 zakbee氏の"ダスティー! ダスティーストマック" "クピドゥレビュー"は、ハリのあるブラスサウンドもさることながら、おもちゃの音色、子供たちのコーラスなど、ドリーミーな趣向も効いたスウィング・ジャズ。氏がかつて在籍されていたポメラニアンズではレゲエ/ダブを取り入れたソフトなシティ・ポップ サウンドを聴かせておりましたが、心地よさに富んだノリのいいアレンジという点ではこちらでもバツグンであり、思わずこちらもノってしまうような楽しさにあふれております。なお、シングルB面曲であった"twinkAtrick"のみ、MANYO氏の作編曲です。霜月はるかさん、Annabelさん、Lizさんなど、数多くの女性ヴォーカリストと共に活動を行っている氏だけあり、幻想的なトーンにさらりとマッチングしたシンフォニック・ポップスというさすがの仕上がりです。



 イマジネーションをくすぐる仕掛けになっているのはもちろんのこと、彼女の作り上げる自由奔放な幻想世界に迷い込み、翻弄されるキャラクターたちの境遇を聴き手も追体験できるような、そんな一枚になっています。アルバムを聴いて改めて思ったのは、やっぱり彼女は世界観を作り込むのを楽しむ人なんだなと。なおかつ、自分の伝えたい「かわいい」価値観と尺度をどう魅せるかという気配りもしっかりと持っているなというところですね。いろんなキャラクターを演じたくて声優になったという彼女にとっては、歌手活動はオマケとしてではなく、声優活動のフィードバックも含めた表現行為のひとつなんだなと思います。そういった、彼女なりのアーティストとしての矜持も、このアルバムから感じとることができました。

―私が今感じていることや、目の当たりにしているモノの大きさや尺度や時間って本当に合ってるのかな? 別の見方をしてみたり、別の価値観の世界に行ってみたりしたら全然違う感じ方をするんじゃないかな? それこそ私にとっては恐怖の対象であるスキマの向こうには、実は愉快な世界が広がっているんじゃないかな? っていうことを考えるのって、私にとってすごく面白いことなので歌ってみたかったんです。

“悠木碧「イシュメル」インタビュー - 音楽ナタリー Power Push”


悠木碧1stフルアルバム『イシュメル』ロングインタビュー第1回
悠木碧「ビジュメニア」インタビュー - 音楽ナタリー Power Push

悠木碧|FlyingDog

悠木碧『メリバ』(2013)

2015年2月17日火曜日

先鋭と洗練、そして郷愁のハイブリッド・ジャズ。アルメニアの奇才ジャズ・ピアニストの第六作 ― Tigran Hamasyan『Mockroot』(2015)

World Passion-New Era-Red HailWorld Passion-New Era-Red Hail
(2011/12/19)
Tigran Hamasyan

商品詳細を見る


ティグラン・ハマシアンは、1987年生まれのアルメニア出身のジャズ・ピアニスト。幼少期よりピアノに慣れ親しみ、ロサンゼルスへ移住したのち、いくつものジャズ・コンペティションで入賞を重ね頭角を表し、17歳でデビューアルバム『World Passion』をリリース。以降、アルメニアン・フォークのエッセンスを織り込んだユニークな音楽性のアルバムをコンスタントなペースでリリースしている気鋭のプレイヤーです。ニューヨークを拠点に活動しているドラマーのアリ・ホーニグのバンドでもプレイし、同バンドでの来日公演も経て、昨年九月にはハマシアン・トリオでの来日も果たし、好評をもって迎えられました。コラボレーションにも熱心で、インドのパーカッショニストであるトリロク・グルトゥや、チュニジア出身の歌手/ウード奏者のダフェール・ユーゼフ、スウェーデンのジャズ・ベーシスト ラーシュ・ダニエルソン、アルメニア系アメリカ人であるSystem of A Downのサージ・タンキアンとも共演しています。


母国のフォークからの影響の一方、彼自身がTOOLやMeshuggahを愛聴し、またSigur RosやFlying Lotus、Skrillexなどの現在進行形アーティストの作品も積極的にインプットしていることもあり、近代のプログレッシヴ・メタルやポスト・ロック、エレクトロニカからの影響を感じさせる彼のジャズ・サウンドは非常にユニークな色合いを持っています。彼は幼少期に父のコレクションにあったLED ZEPPELINやDEEP PURPLE、BLACK SABBATH、QUEENを聴いて衝撃を受け、手近にあったおもちゃのギターでコピーに励み、スラッシュ・メタル・バンドのギタリストへの憧れも抱いていたそうな。その後、ジャズへと開眼し、セロニアス・モンクやバド・パウエルなどにのめりこむようになります。そして、キース・ジャレットの作品を通して、同郷の神秘思想家でもあるゲオルギイ・イワノヴィッチ・グルジェフの音楽と出会い、それが同時に母国のフォークへ目を向けるキッカケになったのだとか。ところで、キース・ジャレットやグレン・グールドがそうであったように、ハマシアンもピアノを弾きながら時にうなり、ハミングを重ねるのですが、これがまたフォーク由来のうねりを伴った旋律を奏でるピアノとマッチしているのですよね。


一作目『World Passion』(2006)、二作目『New Era』(2007)では、エキゾチックな色合いや細やかで複雑なキメの多用などもあったとはいえ、まだスタンダードなジャズのたたずまいを残しておりましたが、サウンドの方向性に驚くべき変化が現れたのが、“Aratta Rebirth”名義で発表した三作目『Red Hall』(2009)。メンバーを一新してのクインテット編成となったことに加え、Meshuggahのギタリスト フレドリック・トーデンダルに心酔する彼の嗜好がここにきて炸裂しており、ヘヴィなエレクトリック・ギターがリフを刻みまくるポリリズム&変拍子プログレッシヴ・メタルな楽曲から、人力ブレイクビーツと化したリズム隊の上を高速のパッセージで駆け抜けるエレクトロ・タッチの楽曲まで飛び出し、妖しい魅力を放つ女性スキャットも相まって、とんでもない異形のミクスチャー・プログレッシヴ・ジャズ・サウンドで度肝を抜くアルバムになっています。Verve Recordsへと移籍を経て、原点に立ち返り、彼の繊細な側面がよく出たピアノソロを聴かせる四作目『A Fable』(2011)を経て、五作目『Shadow Theater』(2013)では再びハイブリッドな方向性を展開。ヘヴィ・ロック/テクニカル・ジャズ・ロック的なアプローチや、エレクトロ的な音処理も加えて先鋭的な磨きをかける一方で、ヴォイス/コーラスの比重が高まり、どこか暖かみのある歌心のある仕上がりで、ティグランの懐の広さを改めて感じさせるものになっています。

MockrootMockroot
(2015/02/03)
Tigran Hamasyan

商品詳細を見る



以上、駆け足でこれまでのハマシアン氏のキャリアを追いましたが、現時点の最新作となる本作『Mockroot』は、Nonsuchへの移籍後第一作、通産では六作目となるアルバム。ティグランのピアノと、常連メンバーであるAreni Agababianのスキャットによるささやかなイントロダクション"To Love"を経て、ピアノとスキャットのトリッキーなユニゾンも決まる、変拍子のうねりで一貫した"Song for Melan and Rafik"へ。過去作でもそうですが、スキャットやボイス・パーカッションとバンドアンサンブルの絡みには、MAGMAやUNIVERS ZEROなどにも通じる暗黒チェンバー・ロックの世界観を感じます。ポリリズムとゴリゴリの低音、そしてダブステップ一歩手前のエレクトロ・アプローチも効いた"Double-Faced"の複雑怪奇な疾走感も格別のカタルシスに富んだ一曲。"Kars 1" "Kars 2"は、ともにアルメニアン・トラッドのアレンジであり、前者では舞踏的なメリハリをたっぷりと加え、ヘヴィに仕上げられております。大々的にスキャットをフィーチャーして、荒涼たるイメージのなかでドラマを感じさせる"The Roads That Bring Me Closer to You"や、美しいピアノ・バラード"Lilac" "The Apple Orchard in Saghmosavanq"といった、情感と美しい“間”を感じさせる楽曲がアルバム中盤を構成しているのもポイントでしょう。ポリリリズミックで激しいプログレッシヴ・メタル・アプローチの"Entertain Me"や、幾何学的グルーヴをひねり出す"The Grid"は、凡百のプログレ・メタル・バンドが裸足で逃げ出す迫力の楽曲。一見ストイックなようで、しなやかな弾力性と爽快感に富むこの感じ、ジャンルは異なれど、どこかAnimals As Leadersに通じるものがあるように思います。"To Negate"は、エキゾティシズムと不穏なムードを孕みながら強迫的な展開を繰り広げるさまがスリリング、かつ気の抜けない喰わせもの的な一曲。ラストの"Out of The Grid"は、もはや完全にチェンバー・ロックと化してヘヴィにのたうつ前半パートを繰り広げた後、あいだに一分弱ほどの無音を挟んで、ピアノとスキャットを主体としたしっとりとスロウな後半パート(シークレットトラック?)を展開するという妙な構成の一曲で〆。集大成的内容ともいえる前作のバランスのよさはそのままに、より洗練と情感的なアプローチに富んだ一枚だと思いました。いやはや、彼の現在進行形ジャズ・サウンドの旅路は、まだまだ類まれなる情景を見せてくれそうです。




http://www.tigranhamasyan.com/
https://www.facebook.com/TigranHamasyan
Tigran Hamasyan - YouTube Channel

Tigran Hamasyan - TOWER RECORDS トピックス(2011.11.21)
「Tigran Hamasyan, the pianist giving jazz an Armenian twist」 - THE GUARDIAN
「An Interview with Tigran Hamasyan」 - NEXTBOP.COM

2015年2月14日土曜日

芳醇な音と自由な演奏が時に対比し、時に溶け合う、異色のピアノ&バリトンサックス・デュオ ― 新垣隆、吉田隆一『N/Y』(2015)

N/YN/Y
(2015/02/11)
新垣隆 吉田隆一

商品詳細を見る


作曲家/ピアニストの新垣隆氏と、渋さ知らズやblacksheep、The Silenceなどに参加するバリトンサックス奏者 吉田隆一氏による新鋭デュオのデビューアルバム。クラシック/現代音楽、フリージャズのフィールドをメインにそれぞれ活動するふたりが昨年の春ごろの荻窪ベルベットサンでのジャズ・イベントをキッカケに意気投合し、デュオを結成してから、お披露目ライヴ、アルバムのレコーディング、そしてCDのリリースまでほぼ半年というスピーディな流れで制作された一枚。動向はリアルタイムで追っておりましたが、まずは記念すべきアルバムの発売を喜びたいですね。名器であるベヒシュタインのグランド・ピアノを丁寧なタッチで情感たっぷりに音を紡いでいく新垣氏と、バリトンサックス一本で芳醇な音色を滑らかに流れるように奏でる吉田氏、時にコントラストを成し、時に溶け合う両者の持ち味がふんだんに味わえる仕上がり。もちろん、デュオならではの妙味もそこかしこに感じられます。



アルバムは新垣、吉田それぞれの楽曲に、レコーディングの過程で生み出され、空気感とともに切り出された両氏の共作による即興曲、そして、"Embraceable You"(ジョージ・ガーシュウィン)、"Sophisticated Lady"(デューク・エリントン)、"怪獣のバラード"(東海林修)、"明日ハ晴レカナ、曇リカナ"(武満徹)のカヴァーを収録した、バラエティに富んだ内容です。新垣氏のオリジナル曲"秋刀魚"は、淡い季節感をどこか気だるげなメロディアスな演奏でゆったりと織り成してゆく、染みる一曲。吉田氏のオリジナル曲"野生の夢~水見稜に~" "皆勤の徒~酉島伝法に~"の二曲は、氏が偏愛するSF作品と作家へ捧げられたもの。フリージャズとSFをコネクトするというコンセプトの変則的ジャズ・トリオ blacksheepを主宰する吉田氏だけに、その入れ込みようもかなりのものです(なので、元ネタを知っているとよりニヤリとできるものにもなっております)。題材となっている「野生の夢」のエピソードが収録された水見稜『マインド・イーター』は、精神・肉体を蝕むM.E〔マインド・イーター〕の脅威との関わりを描き、思弁と実験を通して、人間や生命そのものに対する内面的な問いをも浮かび上がらせた有機的な連作集。ちなみに同作には、ソ連から亡命したピアニストと、黒人サックス奏者の出会いと別れを抑制されたトーンで描いた「サック・フル・オブ・ドリームス」という秀逸な短編もあり、"野生の夢"にはこのエピソードからのイメージも多分に汲まれているように感じました。そして、酉島伝法『皆勤の徒』は、泥海で占められた異形の世界で生産活動に従事するさまを、造語表現と肉肉しさと粘々しさで描いたグロテスクでどこかユーモラスな異形の“会社SF”。ともに傑作の誉れ高い作品を、方や反復と変拍子を伴い、聴き手の内奥へ踏み込んでいくかのようなシリアスなタッチで、方やスラップスティックなうねりのあるアップテンポの演奏で、イメージ豊かに描き出しております。カヴァーでは、細やかで軽快な楽しさが伝わってくる"怪獣のバラード"と、シンプルかつ端整なタッチでしっとりと"明日ハ晴レカナ、曇リカナ"、ともに合唱曲として知られる二曲のアレンジがとくに印象に残りました。



ピアノはもちろんのこと、バリトンサックスの響きがこんなに心地よいものだとはという驚きも含めて、至福の一枚。小難しいことは考えず、まずはこのふくよかな音の流れに身を任せてみるのをオススメいたします。また、タワーレコード限定で三曲のアウトテイクを収録した特典CDが付いてくるのですが、そちらもアルバム本編と遜色のない聴き応えのあるもの。"接続された女" "たおやかな狂える手に" "老いたる霊長類の星への賛歌"と、曲名がいずれもジェイムズ・ティプトリー・ジュニア作品からとられているところもミソですね。

マインド・イーター[完全版] (創元SF文庫)マインド・イーター[完全版] (創元SF文庫)
(2011/11/19)
水見 稜

商品詳細を見る


皆勤の徒 (創元日本SF叢書)皆勤の徒 (創元日本SF叢書)
(2013/08/29)
酉島 伝法

商品詳細を見る


https://www.facebook.com/nigakiyoshida

2015年2月11日水曜日

猟奇・幻想・怪奇プログレッシヴ・ロック・バンドによる、十年ぶりの完全犯罪 ― 金屬惠比須『ハリガネムシ』(2015)

ハリガネムシハリガネムシ
(2015/02/11)
金属恵比須

商品詳細を見る


東京を拠点に活動する猟奇骨董プログレッシヴ・ロック・バンド 金屬惠比須(きんぞくえびす)の、通産三作目、実に10年ぶりとなる新作アルバム。バンドの歴史は古くて長く、結成は'96年にさかのぼります。'03年に1stアルバム『箱男』を、貳代目金屬惠比須名義で'04年に『紅葉狩』をPOSEIDON傘下のVital Recordsよりそれぞれリリース、'06年にはメキシコで開催されたプログレッシヴ・ロック・フェス「Baja Prog」への参加も果たしております。一方、フロントマンである高木大地氏は内核の波Shinsekaiといったプログレッシヴ・ロック・バンドへの参加も精力的に行っており、特に内核の波では演奏のみならず「食」担当として、ライヴにおいて弁当を食べるパフォーマンスもろとも好評を博しておりました。金屬惠比須の音楽性の核となるのは、GENESISやKING CRIMSON、BLACK SABBAHやDEEP PURPLEなどのブリティッシュ・ハード・ロック/プログレ、そして、江戸川乱歩や、横溝正史、安部公房、京極夏彦などの怪奇幻想小説。そして何より、人間椅子からの影響です。特に『箱男』のころは色濃く反映されておりました。メロトロンやハモンドオルガンのヴィンテージ・キーボードを多用しての和洋折衷な情緒を孕んだ大作から、「君のおうちのお風呂のお湯になりたい」と歌う"猟奇爛漫"(『紅葉狩』収録)のようなナンセンスソングまで、その音楽性と実力のほどは既に確立されておりました。2013年ごろより、高木氏も参加している“DEEP PURPLE精神完全コピーバンド”「大徳」のメンバーのほとんどがそのまま合流する形で現在の編成となり、今回の『ハリガネムシ』にも繋がります。スタジオ版以上のパフォーマンスを繰り広げるライヴ・バンドとしても定評があり、近年のライヴでは元GERARD、元人間椅子のドラマーである後藤マスヒロ氏が“限定加入”されたりもしています。



収録曲は全七曲。フリッパートロニクスとメモトロンによる短いイントロダクション"蟷螂の黄昏"を経てのタイトルトラック"ハリガネムシ"は、脳に寄生するハリガネムシを用いた完全犯罪を歌う、これぞ金屬惠比須といった猟奇的方向性の一曲。紅一点メンバーの稲益宏美さんのぶっきらぼうでどこか憂いのあるヴォーカルも印象的なハード・ロック チューンに仕上がっており、「もしも最終的にはDEEP PURPLEがアヴリル・ラヴィーンのバックをやったら?」というコンセプトも言い得て妙です。あと、ヒジキが喰えなくなります…ねえ? "光の雪"はヴィンテージ・キーボード/シンセサイザーがフル活用され、リック・ウェイクマンを思わせるキーボードソロも組み込まれたシンフォニック・ロックで、「クリスマスの日にあまねく人々がアセンション(次元上昇)を遂げるなか、少年は現世に残り世界を手に入れる」という、感動的なコンセプトの大曲であります(ふと、グレッグ・ベアのSF短編「タンジェント」を思い出しました…パターンは逆ですが)。救済のごときキーボードとギターの泣きのメロディの洪水が聴きものですね。個人的にイチオシの一曲です。エミリー・ブロンテの名作をイメージした牧歌的な小曲"嵐が丘のむこうに"を経て、"紅葉狩(第三部・第四部)"は、同名の2ndアルバムに収録されていた20分近い叙情組曲の後半パートの再録。メロトロン&メモトロンの怒涛の洪水から幕開けし、新●月にも通じる和情緒も感じさせながら、ベースがドライヴ感を増してゆき、KING CRIMSON"太陽と戦慄"オマージュなヘヴィ・プログレへと雪崩れ込むという構成。"イタコ"は、コンセプト、サウンドともに正しく人間椅子直系、"ダイナマイト"や"エキサイト"のような、ユーモラスでライヴ映えしそうな勢いの疾走チューンです。ラストを飾る"川"は、ライヴでも共演しているシンガーソングライター/映画音楽家の入江陽氏の楽曲(彼の'13年のアルバム『水』に収録)を、金屬惠比須ヴァージョンとして収録したもの。ゲストで入江氏自らもヴォーカルとして参加しており、叙情性マシマシのアレンジでもうひとつの"川"を提示しております。井上陽水と初期KING CRIMSONのミッシングリンクというか親和性の高さみたいな印象も感じさせるのがまた面白い。アルバムを通して三十数分ほどの収録時間ですが、個々の楽曲それぞれに濃密な情念と怨念がみつしり詰まった、申し分のない存在感のあるアルバムです。




高木氏による『ハリガネムシ』楽曲解説ツイートも必見です。













金屬惠比須 - 公式サイト
金屬惠比須 - facebook
金屬惠比須チャンネル
金大地 - YouTube Channel

2015年2月10日火曜日

むしろ『A Night at the Opera』の正統後継作 ― BLIND GUARDIAN『Beyond The Red Mirror』(2015)

Beyond the Red MirrorBeyond the Red Mirror
(2015/02/03)
Blind Guardian

商品詳細を見る


ジャーマン・メタルのみならずエピック・メタルの重鎮として確固たる地位を築いているブラインド・ガーディアンの約四年半ぶりとなる新作アルバム。個人的なことを言わせてもらうと、トーマス"トーメン"スタッシュ脱退後の2006年作『A Twist in the Myth』に失速を感じて以来、あまり熱を入れてバンドの動向を追うことはしていませんでした(次作『At the Edge of Time』も聴いてはいるのですが、さほどしっくりはこず)。本作はバンドの出世作となった『Imaginations from the Other Side』(1995)の、実に二十年ぶりとなる“続編”を描いたストーリー・コンセプトアルバムということで、「代表作の続編はコケる」という法則上、今回はますますダメなのでは…とリリース前からネガティヴに構えておりましたが、嬉しいことにそれはいくらか裏切られました。はっきり言って、久々に手応えを感じさせる内容になっています。ただ、サウンドの方向性は『Imaginations from the Other Side』でみせたスラッシュ・メタル系の超突貫タイプではなく、やはり大仰なエピック・メタル路線でガッツリと組まれており、サウンドだけ抜き出せばむしろ「ライヴ再現は不可能」とまで言わしめるほどに過剰な作り込みを施した『A Night at the Opera』(2002)の正統後継作なのではと感じます。メンバーも二十年ぶん歳をとったので、やはりあのころへの回帰を果たすということはありえないのだなと改めて痛感してしまいましたが、前作、前々作と比べれば本作の健闘ぶりは特筆に価するレベルです。相当な気合をもって臨んだのは充分に伝わりました。

プロデューサーのチャーリー・バウアファイントをはじめ、レコーディングメンバーはほとんど変更はないものの、唯一、これまでライヴサポートベーシストであった元VENGEANCEのBarend Courboisが本作をもって正式メンバーとして加入し、ごく初期のツイン・ヴォーカリスト時代(わずか数ヶ月で終わったそうですが)以来となる五人編成になりました。バンドのウリであるクワイアコーラスには何カ国ものコーラス隊を迎え、重厚極まるシンフォニック・サウンドには百名近いグランド・オーケストラを起用するという妥協のなさも相変わらずです。正直、『A Night at the Opera』以降、制作環境的にはカウンターストップしてしまった感があるので、もはやバンドのプラスアルファの部分は楽曲をどれだけ錬り込めるかというところでしか出せないんですよね(その境地に達してしまったというのがこのバンドのすごいところでもあるのですが)。ジョージ・R・R・マーティンやロバート・ジョーダンの大作ファンタジーや、マイクル・ムアコックやピーター・S・ビーグル、果てはジョン・ミルトンの『失楽園』まで題材にとった前作『At the Edge of Time』はそれらのイメージに引っ張られた印象を感じてしまいましたが、本作には特定の元ネタとなるものはなく、オリジナルのコンセプトで貫いているということもあってか、結果的にサウンドとの部分でうまくバランスがとれたとも感じます。構成が複雑重厚を極めているため、各曲のクライマックス感はハンパないのですが、逆に言ってしまえばこれといった決め手の一曲はないです。楽曲的にもアルバム的にも「クワイアコーラスに始まり、クワイアコーラスに終わる」という金太郎飴状態で、聴く叙事詩、浴びる叙事詩を体現しております。また、"The Ninth Wave""Grand Parade"という、ともに豪華絢爛たるつづれおりのイメージを幾度も喚起させる九分半の大曲をアルバムの始めと終わりに楔のように打ち込んであるのも、本作を一本筋が通ったものにする上で重要なポイントだと感じました。畢生の大傑作とまではいいませんが、ここ数年裏返していたてのひらを思わず返したくなるくらい、バンドに対してここ久しくなかった昂ぶりをおぼえました。よくよく考えれば、トーメンが脱退してから十年近く経とうとしているんですよね、次回作ではまたどうなるかはわかりませんが、全盛期に迫ろうとしたバンドの気合には賞賛を贈りたいですね。


http://www.blind-guardian.com/

2015年2月7日土曜日

フランス、モンゴル、ブルガリアの混成メンバーからなる異色の多国籍トラッド・トリオ ― Violons Barbares『Saulem ai』(2014)

Saulem AiSaulem Ai
(2014/01/14)
Violons Barbares

商品詳細を見る

https://itunes.apple.com/jp/album/saulem-ai/id793170988

ハルモニア・ムンディ傘下のワールド・ミュージック系レーベル World Villageよりリリースされた、フランスを拠点に活動する Violons Barbaresの2ndアルバム。ブルガリアの民族楽器ガドゥルカ(メロディを奏でるための三~四本の弦と、十本の共鳴弦からなる弦楽器)を操るブルガリア出身のDimitar Gougov。モンゴルの民族楽器モリンホール(「馬頭琴」 四角の共鳴箱と二本の弦、そして馬型のヘッドを特徴とする弦楽器)を操るモンゴル出身のDandarvaanchig Enkhjargal。そして各種パーカッションを担当するフランス出身のFabien Guyot。以上、国籍の異なる三人からなる異色のトリオが、「蛮族のヴァイオリン」をバンド名に冠したこのヴィオロンズ・バルバレス。全員が朗々たる響きのヴォイス/コーラスをとりながら、東欧と東アジアの東西の弦楽器が激しいスクラッチングで火花を散らし、パーカッションが加速度的に乱打されるという、即興と倍音多めの痛快なちゃんぽんサウンド。トラディショナルのアレンジを中心に、トリオのオリジナルを交えた全9曲。Dandarvaanchigの朗々たるヴォーカル(ホーミー含む)をフィーチャーした"Saulem ai" "Rockin camel"や、シャレの効いたタイトルの疾走チューン"Saturday yurt fever"(“yurt”はモンゴル遊牧民の移動式住居〈ゲル〉のテュルク語での呼称です)。低音をきかせた滋味あふれるスロウチューン"Wind in the steppe"や、三者のヴォイスが楽器パート以上に息をつかせぬ掛け合いを展開するさまがユーモラスな"Djore dos"。そのタイトル通りキャラバンの長い道のりを描写するかのようなオリエンタルな空気を孕んだ長尺トラディショナル"Karawane"(ライヴ録音)。トリオの即興的側面をクローズアップした"Satybaldynyn kuii"など、アコースティック編成ながらインパクト十分。ヘタなロックよりロックしています。ワールド・ミュージックはもとより、GARMARNAやHEDNINGARNAのような北欧ラジカル・トラッドを好む向きにも薦めたいサウンドです。ともあれ、あれこれ言うよりは、実際に彼らのサウンドやパフォーマンスを目にした方が早いですね。





http://www.violonsbarbares.com/
Dimitar Gougov - YouTube Channel

2015年2月5日木曜日

いかがわしくも甘美な悪徳の味。フレンチ・アヴァンギャルド・ギャングが見舞う邪悪な一発 ― 6:33『Deadly Scenes』(2015)



 2008年に結成された、パリのアヴァンギャルド・メタル・バンド 6:33 (6h33)の通産3rdフルアルバム。同国のアヴァンギャルド・メタル・シーンにおける先輩格であるCarnival in Coal(昨年、七年ぶりに活動を再開したという嬉しいニュースも)との縁もあるバンドであり、同バンドのヴォーカリスト Arnaud Stroblは過去にはメンバーとして参加もしておりました(バンドを脱退した後も〈6:33&Arno STROBL〉名義でコラボレーションEPをリリースしております)。「インディー・ロックと邪悪なメタルの融合がテメエの脳ミソをファックする!」「ティム・バートン製フランケンシュタインがハロウィンの夜にデヴィン・タウンゼンドとマイク・パットンにレイプされる!」といった、アルバムに付けられたロクでもないコピーも雄弁に物語っているように、マイク・パットンが率いたMr.Bungleの人を喰ったおっかなびっくりテイストや、デヴィン・タウンゼンド・バンドのエクストリームな激情を受け継ぎつつも、さらなる闇鍋をこしらえてやろうという魂胆がモリモリ伝わってくる愉快痛快猥雑ミクスチャーサウンドが文字通り爆裂しています。前述の二者以外で同系統のバンドを挙げるならば、アメリカのSleepytime Gorilla MuseumやカナダのUneXpect、スウェーデンのDiablo Swing Orchestraあたりが出てきますが、殊に「いかがわしさ」という点ではこのバンドが抜きん出ている感もします。

 十人ほどの編成によるハレルヤなバッキングコーラス隊に導かれて、やかましくもノリノリのシャッフル・チューンを決めこむオープニング・トラック"Hellalujah"からもうゴキゲン。映画「アメリカン・サイコ」にインスパイアされてできたという"Ego Fandango"は、複雑な構成を多彩な趣向と勢いでブチ抜いた一曲。アジテーションじみた牧師のスピーチが挿入され、チャーチ・オルガンが鳴り響き、スカ調のリズムでスラッシーなリフやブラス・セクションやエレクトロ・アレンジまでもが飛び交い圧倒するキラーチューン。聴き手を「ブッ殺しにかかる」という意味でもキラーチューンです。しかも曲の尺は6分33秒というのがまた心ニクい! パーカッシヴなリズムにインダストリアル調のアレンジ、ささやくようなヴォーカルも相まって、腹にドス黒いイチモツを抱えたような"The Walking Fed"を挟み、誰しもが内面に持つオタク性を描いた"I'm a Nerd"へ。ハッピーなコーラスと超脅迫的なヴォーカルがまくし立てる躁鬱ナンバーであり、エレクトロ・アレンジも効いた「踊れる」一曲に仕上げられていて、誇大妄想的なのにハッピーな高まりを味わわせてくれます。Mr.Bungleが描いたヴィジョンのアップ・トゥ・デイト版という趣も。"Modus Operandi"は、ティム・バートンとダニー・エルフマンのコンビへオマージュを捧げてきた彼ららしいシアトリカルな趣向とダークな雰囲気をたっぷりと含んだ仕上がり。PVトラックでもある"Black Widow"は、妬みの感情に取り憑かれた少女を描いたいかがわしくも蟲惑的なスウィング・メタル。変則的な展開のオンパレード。PVも秀逸な内容であり、必見です。アコースティック・ギターを主体したカントリー調の前半が徐々にエレクトリックでメタリックな様相を成してゆく"Last bullet for a gold rattle"は、どこかエンニオ・モリコーネっぽいなあと思ったら、やはりモリコーネを意識してつくった曲だそうです。マリンバ/パーカッションのせわしないパッセージが来たかと思いきやスロウになり、最終的にはダイナミックなロック・チューンへと収束してゆく"Lazy Boy"。そしてラストを飾るのは、三つのシーンを持った、トータル13分を越えるタイトル・チューン。善悪の拮抗を自由意志をコンセプトにしたエクストリーム&ミクスチャー・ロック組曲であり、一部は前作の楽曲の続編的な意味合いもあるとのことです。これまでの楽曲で提示されたエッセンスが混沌とした状態で一曲に投入されており、いかがわしくも甘美な悪徳の毒がたっぷりと盛られたアルバムを締めくくるにふさわしい濃厚な一品。毒を喰らわば皿まで!

 2015年初頭に発表された傑作アルバムとして、個人的に全力でプッシュしてプッシュしてプッシュし通したい一枚です。いわゆる「変態メタル」が好きなら、もちろんマストです。

http://www.633theband.com/

2015年2月1日日曜日

カルト・ホラー&サントラを愛し、GOBLINやジョン・カーペンターの血を受け継ぐ英国の“Cyborg Prog”バンドZOLTAN

イギリスのエレクトロニック・プログレッシヴ・トリオ ZOLTAN。エクスペリメンタル/アート・ロック・バンド Guapoにも参加していたMatt ThompsonAndy Thompsonの兄弟が、所有するメロトロン、モーグ、フェンダーローズ、アープなどのコレクションを存分に駆使したサウンドをやろうということで2010年に結成。ドラマーには現ANGEL WITCH、The Osiris ClubのAndrew Prestidgeが名を連ねています。ホラー/カルト・ムービーのスコアや、プログレッシヴ・ロック/クラウト・ロックからの多大な影響を投影しており、GOBLIN、ファビオ・フリッツィ、ジョン・カーペンター、RUSH、HELDON、TANGERINE DREAMをルーツに掲げているところからも、彼らがどっぷりと70年代を志向しているのが明白でありましょう。妖しい霧の立ち込めるシンセサイザー・ミュージックです。同時代のユニットでは、アメリカ・ピッツバーグのスペース・ロック・デュオ ZOMBIと音楽的に共通していると思います。オーストリアのカルトムービー音楽系レーベル「Cineploit」と契約を結んだZOLTANは、2012年にデビューアルバム『First Stage Zoltan』をリリース。スペイシーなシンセサイザーと無機的なベースラインが支配し、遊星から物体が降ってくるがごときトリップ・サウンドがお披露目されました。



ちなみに、レーベルのインフォメーションでは、“もしマイケル・マンが「人間解剖島ドクター・ブッチャー(Zombie Holocaust)」をリメイクしたら、サントラはこんな感じになるだろう”  “まるでジョルジオ・モロダーが地獄巡りをしてきたようなサウンド”などと説明されており、これまたカルト。わかる人だけわかってくれ! といった感じです。2013年には、イギリスのカルト映画「サイコマニア(Psychomania)」(1973/監督=ドン・シャープ)をテーマにした2曲入りEPをリリース。同映画のタイトルテーマのフレーズを組み込んだ13分の長尺曲で、オリジナル・スコアのコンポーザーであるジョン・キャメロンへリスペクトを捧げた内容になっています。



さらに翌年には、「エル・ゾンビI 死霊騎士団の覚醒(Tombs of the Blind Dead)」(1971/監督=アマンド・デ・オッソリオ)をテーマとする4曲入りのトリビュートEPを、リー・ドリアンの主宰するRise Aboveレーベルよりリリース。ここでも偏愛ぶりを見せてくれます。



そして、『Tombs of the Blind Dead』のリリースに前後して発表されたのが、2ndアルバムである本作。邪悪なメディテーショナル・ミュージックといった感のある"Antonius Block" "Table of Hours"や、ベンベンとうなるベースラインにジョン・カーペンターへのリスペクトを感じさせる"The Ossuary"など、じめっとしたムードとヴィンテージ・シンセサイザーをフル活用した方向性は前作から変わっておりません。冷ややかなシーケンスに軽やかなリズム隊のうねりが妖しいコントラストを生み出す"Uzumaki"は、映画化もされた伊藤潤二のホラー漫画『うずまき』に由来するものと思われます。本作のハイライトは、五つのパートからなる約21分の大曲"The Integral"。イタリアン・ホラーのスコアに通じるサイケデリックなムードや、変拍子のロック的な展開を交え、暗さを湛えながらも高揚感ももたらす長尺組曲として仕上がっています。スタンスにブレのないユニットとして、今後の暗躍にもより一層の期待が持てます。余談ですが、本作に使用されているヴィンテージなアルバムジャケットは、パルプ雑誌時代にサイエンス・フィクションもののイラストを数多く手がけたフランク・R・パウルによるもの。1939年に刊行されたパルプマガジンの表紙カヴァー・イラストが元になっています。




Zoltan - facebook
Zoltan - Youtube Channel
Zoltan - Prog Archives

The Osiris Club『Blazing World』(2014)
ドラムスのAndrew Prestidgeが在籍する幻想怪奇プログレッシヴ・ロック・バンド