2013年に発表された二作目『The Legend of the Holy Circle』は、シンセサイザーも多用するようになり、荘厳さは一歩引いた印象ですが、プログレッシヴ・ロック・バンドとしての一体感は増しております。眩暈がするほどに邪悪なうねりを伴った"The Holy Circle"や、中間部でリリカルな側面をのぞかせる"The Battle Of Marduk"など、より往年のイタリアン・ロックのテイストを志向したことでバランスのとれた内容になっております。Paolo Lazzeriのクラシカル・オルガニストとしての本領をみせた、心洗われるフーガ"The Rest Of The Sacred Swarm"も絶品。キーボード・プログレ愛好者はもちろん、死ぬほどパイプオルガンを聴きたいクラシック・リスナーもどうぞ。
ティグラン・ハマシアンは、1987年生まれのアルメニア出身のジャズ・ピアニスト。幼少期よりピアノに慣れ親しみ、ロサンゼルスへ移住したのち、いくつものジャズ・コンペティションで入賞を重ね頭角を表し、17歳でデビューアルバム『World Passion』をリリース。以降、アルメニアン・フォークのエッセンスを織り込んだユニークな音楽性のアルバムをコンスタントなペースでリリースしている気鋭のプレイヤーです。ニューヨークを拠点に活動しているドラマーのアリ・ホーニグのバンドでもプレイし、同バンドでの来日公演も経て、昨年九月にはハマシアン・トリオでの来日も果たし、好評をもって迎えられました。コラボレーションにも熱心で、インドのパーカッショニストであるトリロク・グルトゥや、チュニジア出身の歌手/ウード奏者のダフェール・ユーゼフ、スウェーデンのジャズ・ベーシスト ラーシュ・ダニエルソン、アルメニア系アメリカ人であるSystem of A Downのサージ・タンキアンとも共演しています。
以上、駆け足でこれまでのハマシアン氏のキャリアを追いましたが、現時点の最新作となる本作『Mockroot』は、Nonsuchへの移籍後第一作、通産では六作目となるアルバム。ティグランのピアノと、常連メンバーであるAreni Agababianのスキャットによるささやかなイントロダクション"To Love"を経て、ピアノとスキャットのトリッキーなユニゾンも決まる、変拍子のうねりで一貫した"Song for Melan and Rafik"へ。過去作でもそうですが、スキャットやボイス・パーカッションとバンドアンサンブルの絡みには、MAGMAやUNIVERS ZEROなどにも通じる暗黒チェンバー・ロックの世界観を感じます。ポリリズムとゴリゴリの低音、そしてダブステップ一歩手前のエレクトロ・アプローチも効いた"Double-Faced"の複雑怪奇な疾走感も格別のカタルシスに富んだ一曲。"Kars 1" "Kars 2"は、ともにアルメニアン・トラッドのアレンジであり、前者では舞踏的なメリハリをたっぷりと加え、ヘヴィに仕上げられております。大々的にスキャットをフィーチャーして、荒涼たるイメージのなかでドラマを感じさせる"The Roads That Bring Me Closer to You"や、美しいピアノ・バラード"Lilac" "The Apple Orchard in Saghmosavanq"といった、情感と美しい“間”を感じさせる楽曲がアルバム中盤を構成しているのもポイントでしょう。ポリリリズミックで激しいプログレッシヴ・メタル・アプローチの"Entertain Me"や、幾何学的グルーヴをひねり出す"The Grid"は、凡百のプログレ・メタル・バンドが裸足で逃げ出す迫力の楽曲。一見ストイックなようで、しなやかな弾力性と爽快感に富むこの感じ、ジャンルは異なれど、どこかAnimals As Leadersに通じるものがあるように思います。"To Negate"は、エキゾティシズムと不穏なムードを孕みながら強迫的な展開を繰り広げるさまがスリリング、かつ気の抜けない喰わせもの的な一曲。ラストの"Out of The Grid"は、もはや完全にチェンバー・ロックと化してヘヴィにのたうつ前半パートを繰り広げた後、あいだに一分弱ほどの無音を挟んで、ピアノとスキャットを主体としたしっとりとスロウな後半パート(シークレットトラック?)を展開するという妙な構成の一曲で〆。集大成的内容ともいえる前作のバランスのよさはそのままに、より洗練と情感的なアプローチに富んだ一枚だと思いました。いやはや、彼の現在進行形ジャズ・サウンドの旅路は、まだまだ類まれなる情景を見せてくれそうです。
ジャーマン・メタルのみならずエピック・メタルの重鎮として確固たる地位を築いているブラインド・ガーディアンの約四年半ぶりとなる新作アルバム。個人的なことを言わせてもらうと、トーマス"トーメン"スタッシュ脱退後の2006年作『A Twist in the Myth』に失速を感じて以来、あまり熱を入れてバンドの動向を追うことはしていませんでした(次作『At the Edge of Time』も聴いてはいるのですが、さほどしっくりはこず)。本作はバンドの出世作となった『Imaginations from the Other Side』(1995)の、実に二十年ぶりとなる“続編”を描いたストーリー・コンセプトアルバムということで、「代表作の続編はコケる」という法則上、今回はますますダメなのでは…とリリース前からネガティヴに構えておりましたが、嬉しいことにそれはいくらか裏切られました。はっきり言って、久々に手応えを感じさせる内容になっています。ただ、サウンドの方向性は『Imaginations from the Other Side』でみせたスラッシュ・メタル系の超突貫タイプではなく、やはり大仰なエピック・メタル路線でガッツリと組まれており、サウンドだけ抜き出せばむしろ「ライヴ再現は不可能」とまで言わしめるほどに過剰な作り込みを施した『A Night at the Opera』(2002)の正統後継作なのではと感じます。メンバーも二十年ぶん歳をとったので、やはりあのころへの回帰を果たすということはありえないのだなと改めて痛感してしまいましたが、前作、前々作と比べれば本作の健闘ぶりは特筆に価するレベルです。相当な気合をもって臨んだのは充分に伝わりました。
プロデューサーのチャーリー・バウアファイントをはじめ、レコーディングメンバーはほとんど変更はないものの、唯一、これまでライヴサポートベーシストであった元VENGEANCEのBarend Courboisが本作をもって正式メンバーとして加入し、ごく初期のツイン・ヴォーカリスト時代(わずか数ヶ月で終わったそうですが)以来となる五人編成になりました。バンドのウリであるクワイアコーラスには何カ国ものコーラス隊を迎え、重厚極まるシンフォニック・サウンドには百名近いグランド・オーケストラを起用するという妥協のなさも相変わらずです。正直、『A Night at the Opera』以降、制作環境的にはカウンターストップしてしまった感があるので、もはやバンドのプラスアルファの部分は楽曲をどれだけ錬り込めるかというところでしか出せないんですよね(その境地に達してしまったというのがこのバンドのすごいところでもあるのですが)。ジョージ・R・R・マーティンやロバート・ジョーダンの大作ファンタジーや、マイクル・ムアコックやピーター・S・ビーグル、果てはジョン・ミルトンの『失楽園』まで題材にとった前作『At the Edge of Time』はそれらのイメージに引っ張られた印象を感じてしまいましたが、本作には特定の元ネタとなるものはなく、オリジナルのコンセプトで貫いているということもあってか、結果的にサウンドとの部分でうまくバランスがとれたとも感じます。構成が複雑重厚を極めているため、各曲のクライマックス感はハンパないのですが、逆に言ってしまえばこれといった決め手の一曲はないです。楽曲的にもアルバム的にも「クワイアコーラスに始まり、クワイアコーラスに終わる」という金太郎飴状態で、聴く叙事詩、浴びる叙事詩を体現しております。また、"The Ninth Wave"と"Grand Parade"という、ともに豪華絢爛たるつづれおりのイメージを幾度も喚起させる九分半の大曲をアルバムの始めと終わりに楔のように打ち込んであるのも、本作を一本筋が通ったものにする上で重要なポイントだと感じました。畢生の大傑作とまではいいませんが、ここ数年裏返していたてのひらを思わず返したくなるくらい、バンドに対してここ久しくなかった昂ぶりをおぼえました。よくよく考えれば、トーメンが脱退してから十年近く経とうとしているんですよね、次回作ではまたどうなるかはわかりませんが、全盛期に迫ろうとしたバンドの気合には賞賛を贈りたいですね。
ハルモニア・ムンディ傘下のワールド・ミュージック系レーベル World Villageよりリリースされた、フランスを拠点に活動する Violons Barbaresの2ndアルバム。ブルガリアの民族楽器ガドゥルカ(メロディを奏でるための三~四本の弦と、十本の共鳴弦からなる弦楽器)を操るブルガリア出身のDimitar Gougov。モンゴルの民族楽器モリンホール(「馬頭琴」 四角の共鳴箱と二本の弦、そして馬型のヘッドを特徴とする弦楽器)を操るモンゴル出身のDandarvaanchig Enkhjargal。そして各種パーカッションを担当するフランス出身のFabien Guyot。以上、国籍の異なる三人からなる異色のトリオが、「蛮族のヴァイオリン」をバンド名に冠したこのヴィオロンズ・バルバレス。全員が朗々たる響きのヴォイス/コーラスをとりながら、東欧と東アジアの東西の弦楽器が激しいスクラッチングで火花を散らし、パーカッションが加速度的に乱打されるという、即興と倍音多めの痛快なちゃんぽんサウンド。トラディショナルのアレンジを中心に、トリオのオリジナルを交えた全9曲。Dandarvaanchigの朗々たるヴォーカル(ホーミー含む)をフィーチャーした"Saulem ai" "Rockin camel"や、シャレの効いたタイトルの疾走チューン"Saturday yurt fever"(“yurt”はモンゴル遊牧民の移動式住居〈ゲル〉のテュルク語での呼称です)。低音をきかせた滋味あふれるスロウチューン"Wind in the steppe"や、三者のヴォイスが楽器パート以上に息をつかせぬ掛け合いを展開するさまがユーモラスな"Djore dos"。そのタイトル通りキャラバンの長い道のりを描写するかのようなオリエンタルな空気を孕んだ長尺トラディショナル"Karawane"(ライヴ録音)。トリオの即興的側面をクローズアップした"Satybaldynyn kuii"など、アコースティック編成ながらインパクト十分。ヘタなロックよりロックしています。ワールド・ミュージックはもとより、GARMARNAやHEDNINGARNAのような北欧ラジカル・トラッドを好む向きにも薦めたいサウンドです。ともあれ、あれこれ言うよりは、実際に彼らのサウンドやパフォーマンスを目にした方が早いですね。
十人ほどの編成によるハレルヤなバッキングコーラス隊に導かれて、やかましくもノリノリのシャッフル・チューンを決めこむオープニング・トラック"Hellalujah"からもうゴキゲン。映画「アメリカン・サイコ」にインスパイアされてできたという"Ego Fandango"は、複雑な構成を多彩な趣向と勢いでブチ抜いた一曲。アジテーションじみた牧師のスピーチが挿入され、チャーチ・オルガンが鳴り響き、スカ調のリズムでスラッシーなリフやブラス・セクションやエレクトロ・アレンジまでもが飛び交い圧倒するキラーチューン。聴き手を「ブッ殺しにかかる」という意味でもキラーチューンです。しかも曲の尺は6分33秒というのがまた心ニクい! パーカッシヴなリズムにインダストリアル調のアレンジ、ささやくようなヴォーカルも相まって、腹にドス黒いイチモツを抱えたような"The Walking Fed"を挟み、誰しもが内面に持つオタク性を描いた"I'm a Nerd"へ。ハッピーなコーラスと超脅迫的なヴォーカルがまくし立てる躁鬱ナンバーであり、エレクトロ・アレンジも効いた「踊れる」一曲に仕上げられていて、誇大妄想的なのにハッピーな高まりを味わわせてくれます。Mr.Bungleが描いたヴィジョンのアップ・トゥ・デイト版という趣も。"Modus Operandi"は、ティム・バートンとダニー・エルフマンのコンビへオマージュを捧げてきた彼ららしいシアトリカルな趣向とダークな雰囲気をたっぷりと含んだ仕上がり。PVトラックでもある"Black Widow"は、妬みの感情に取り憑かれた少女を描いたいかがわしくも蟲惑的なスウィング・メタル。変則的な展開のオンパレード。PVも秀逸な内容であり、必見です。アコースティック・ギターを主体したカントリー調の前半が徐々にエレクトリックでメタリックな様相を成してゆく"Last bullet for a gold rattle"は、どこかエンニオ・モリコーネっぽいなあと思ったら、やはりモリコーネを意識してつくった曲だそうです。マリンバ/パーカッションのせわしないパッセージが来たかと思いきやスロウになり、最終的にはダイナミックなロック・チューンへと収束してゆく"Lazy Boy"。そしてラストを飾るのは、三つのシーンを持った、トータル13分を越えるタイトル・チューン。善悪の拮抗を自由意志をコンセプトにしたエクストリーム&ミクスチャー・ロック組曲であり、一部は前作の楽曲の続編的な意味合いもあるとのことです。これまでの楽曲で提示されたエッセンスが混沌とした状態で一曲に投入されており、いかがわしくも甘美な悪徳の毒がたっぷりと盛られたアルバムを締めくくるにふさわしい濃厚な一品。毒を喰らわば皿まで!
そして、『Tombs of the Blind Dead』のリリースに前後して発表されたのが、2ndアルバムである本作。邪悪なメディテーショナル・ミュージックといった感のある"Antonius Block" "Table of Hours"や、ベンベンとうなるベースラインにジョン・カーペンターへのリスペクトを感じさせる"The Ossuary"など、じめっとしたムードとヴィンテージ・シンセサイザーをフル活用した方向性は前作から変わっておりません。冷ややかなシーケンスに軽やかなリズム隊のうねりが妖しいコントラストを生み出す"Uzumaki"は、映画化もされた伊藤潤二のホラー漫画『うずまき』に由来するものと思われます。本作のハイライトは、五つのパートからなる約21分の大曲"The Integral"。イタリアン・ホラーのスコアに通じるサイケデリックなムードや、変拍子のロック的な展開を交え、暗さを湛えながらも高揚感ももたらす長尺組曲として仕上がっています。スタンスにブレのないユニットとして、今後の暗躍にもより一層の期待が持てます。余談ですが、本作に使用されているヴィンテージなアルバムジャケットは、パルプ雑誌時代にサイエンス・フィクションもののイラストを数多く手がけたフランク・R・パウルによるもの。1939年に刊行されたパルプマガジンの表紙カヴァー・イラストが元になっています。