2016年9月10日土曜日

シュルレアリスムの鬼才と電子音楽の異才による超大作「オペラ・ポエム」 ― Salvador Dali & Igor Wakhévitch 『Être Dieu』(1974)



 泣く子も黙るシュルレアリスム芸術の鬼才 サルヴァドール・ダリが、フランス電子音楽界の異才 イゴール・ワッケビッチと組んで制作した、最初で最後の「オペラ・ポエム」作品『Être Dieu』(To Be God)というものがあります。構想自体は1927年ごろにまでさかのぼり、親交の深かった詩人 フェデリコ・ガルシア・ロルカとマドリッドのカフェで過ごしたある日の午後のひとときがすべての始まりとなったそうな。その後、1974年に本格的な制作がすすめられ、日本でもいくつか翻訳が紹介されている〈私立探偵カルバイヨ〉シリーズで知られるスペインの作家 マヌエル・バスケス・モンタルバンが台本を書いています。レコーディングされた音源は1985年にシリアルナンバー付きの500枚限定でリリースされ、その後、1989年にスペインのDCDレーベルからそれぞれ三枚組のLP/CD盤がリリース。1992年にはドイツのEurostarレーベルから、326ページブックレット付きの箱入り特装版でリリースされ、いすれも超プレミアアイテムとして現在も中古市場で取引されています。ブート盤でも出回っており、こちらは二枚のCD-Rに三枚分の音源を無理やり収録した仕様になっています。




 日本ではあまり馴染みのない名前ですが、イゴール・ワッケビッチという人も並々ならぬキャリアの持ち主です。ミュージック・コンクレートの創始者であるピエール・シェフェールに師事。テリー・ライリーや、PINK FLOYD、SOFT MACHINEの面々とも繋がりを持っていたコンポーザー/アレンジャーであり、彼が70年代に精力的に発表した6枚のソロアルバムは、いずれもサイケデリック・ロックとエレクトロニクス・ミュージックの実験的作品でありました。その時に凄まじい瘴気を放つサウンドは後年、NURSE WITH WOUNDやSWANSといったアヴァンギャルド・ロック・シーンの面々の熱烈な賛辞もあり、再評価に火がついたというのもむべなるかな。イゴールはその後、2000年初頭までインドに移住し、現地の巨匠たちとの親交を深めてゆきます。





『Être Dieu』には、オーケストラアンサンブルやロックバンド、オペラシンガー、俳優をフィーチャーし、それぞれ二十数分のポエムリーディング&インプロヴィゼーションが6つのパートに渡って収録されています。ストーリーは、ブリジット・バルドーがアーティチョークと化し、エカチェリーナ二世とマリリン・モンローがストリップショーを行うというブッ飛んだものだそうで、ダリ自身もヴォイスアクターとして参加し、「神」を演じています。また、参加俳優には、「ノートルダムのせむし男」「甘い生活」「エマニエル夫人」などへの出演で知られるアラン・キュニーや、「パリは霧にぬれて」「アラン・ドロン 私刑警察」などのレイモン・ジェロームの名もあります。



「Être Dieu  The grand opera dreamed by Dali」 - Net Shop Susa


  非常につかみどころのない構成です。グロテスクであり、エロティックであり、そしてデカダンである。そしてその間を縫うように、ワッケビッチの手によるアレンジやシンセサイザーサウンドが抽象的で宇宙的な空間を創出していきます。第三パートではエレクトリックなジャズ・ロック サウンドもフィーチャーされ、フランソワーズ・アルディやフランス・ギャルなどへの楽曲提供なども行っているシンガーソングライターのジャン・ピエール・キャステラン(guitar)や、ブラス・ロック・バンド ZOOのミシェル・リポーシェ(violin)、プログレッシヴ・ロック・バンド HELDONのディディエ・バタール(bass)とフランシス・オーガー(drums)が演奏メンバーとして名を連ねているところも興味深いところです。第五パートでは"メイプル・リーフ・ラグ"の断片や女性のあえぎ声、小刻みなパーカッションパートなどもフィーチャーされ、いかがわしさが増してきます。最終楽章では弦楽アンサンブルが急転直下を告げるかのようなスリリングな演奏を繰り広げ、荘厳なコーラスパートを経て、ダリは妻のガラの名前を連呼し、フィナーレを迎えます。




http://www.salvador-dali.org/dali/en_bio-dali/
http://www.igorwakhevitch.org/


サルヴァドール・ダリの芸術は二十世紀を包み込むメタファーだ。彼の天賦の才能のなかでは、精神病理学の教科書から読み上げられる式次に従って、排泄物で汚された祭壇の前で理性と悪夢の結婚式が挙行されている――。

J・G・バラード「汚れなきパラノイア」(木原善彦訳)より
["Salvador Dali: The Innocent as Paranoid"〈New Worlds Science Fiction〉No. 187 (Feb.1969) ]
『J・G・バラードの千年王国ユーザーズガイド』(白揚社刊)収録