2017年11月3日金曜日

映画『アトミック・ブロンド』雑感



http://atomic-blonde.jp/
http://www.thecoldestcity.com/


The Coldest City
The Coldest City
posted with amazlet at 17.11.03
Oni Press (2012-05-16)


『アトミック・ブロンド』を観た。かのグレッグ・ルッカやアラン・ムーアも賛辞を贈った、アントニー・ジョンストン原作/サム・ハート画のグラフィック・ノベル『The Coldest City』(2012)を、『ジョン・ウィック』のプロデュースを手がけたデヴィッド・リーチ監督、シャーリーズ・セロン主演のもと映像化したスパイアクション作品。スパイものなのだけれども、銃より肉弾戦の方が圧倒的に多く、むしろ最後のシーンがボーナスステージなのではと思えるくらい泥臭いステゴロ率。それでいながら騙し騙され嘘を嘘で塗り固めた上をさらに塗り固めるスパイものとしてのストーリーがいい塩梅で仕上がっていて、ベルリンの壁崩壊前後のドラマとして見せたのも見事。腹にズンとくる良作でした。




『アトミック・ブロンド』怒涛のワンカット・アクション舞台裏 ― キャスト・スタッフ全員消耗
(from The River jp|2017.10.23)


 主人公はM16のスパイ ロレーン・ブロートン。「最強の女スパイの華麗な活躍!」というのは間違いではないのだけど、敵対陣営のザコがとにかくしぶとい。そこには肉弾戦における男と女のパワータフネスの差というのも出ていて、ロレーンが十数発以上殴る蹴る(かつ、周りのものは何でも攻撃に利用する)でようやく相手一人沈黙するという具合なので、つねにシビアな戦いを強いられていたし、これでもかと鈍い音が鳴りっぱなしのハードな殴り合いの連続でした。ロレーンを演じたセロン姐さんは撮影に伴うトレーニングで歯が二度ほど欠けたというのも、さもありなんといったところ。終盤のキモとなる階段での殴り合いから外に出て車で脱出するシーンに至っては、BGM一切なしのほぼ長回し状態、本作屈指の息詰まるハイライトというのも伊達ではない凄みにあふれていました。一方で、ロレーンとフランス側スパイのデルフィーヌ(演:ソフィア・ブテラ)との強い絡みがあるので百合面もあるのだけど、百合を過度に期待すると色んな意味でダメージを喰らうのではないかなと。しかし、超コワモテであるロレーンが嘘をつかなかった数少ない顔を見せたのが、ベッドでのデルフィーヌとの会話だったわけで……尊さを感じてくれよな。


Atomic Blonde (Original Motion Picture Soundtrack)
Back Lot Music (2017-07-21)
売り上げランキング: 77



 作品の時代性を反映して、80'sロック、ポップ、パンク、ニューウェイヴのヒット、もしくはカヴァーが劇中曲としてたっぷり盛り込まれているのも、コンセプトとして満点でした。挿入曲としてうまい使い方をしていたかというと必ずしもそうではないのだけれど、そんな不器用さ・無骨さも本編の醸し出すゴツゴツした肌触りに一役買っていた気はします。権利的な関係からか、サントラには全て収録されていないのが惜しまれるところ。たとえばニューオーダーの「Blue Monday」のクインシー・ジョーンズによるリミックス版(1988)や、QUEENの曲などは入っていません。また、作中で、テレビがニュースを映した際、キャスターが「サンプリングは芸術か盗作か?(sampling - is it art or plagiarism?)」と述べるくだりがあったのも、なかなか含みがあったなと。作中で印象的に使われていたQUEEN&デヴィッド・ボウイの1982年の名コラボ曲「Under Pressure」は、ヴァニラ・アイスが1989年に発表した「Ice Ice Baby」でサンプリングされていましたし。ある意味、60~70'sヒット曲を景気良く巧みに使った『ベイビー・ドライバー』との真っ向から対極をいった感。現マリリン・マンソン・バンドのギタリストであり、「ウォッチメン」「ジョン・ウィック」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー2」などを手がけてきたタイラー・ベイツの劇伴も、モダンなタッチながら、本編のムードを汲んだ仕上がりでした。MINISTRYの「Stigmata」(1988)をベイツがアレンジし、マリリン・マンソンがヴォーカルをとるというおっかないカヴァーが本作のために用意されています(サントラにも収録)。


 小ネタといえば、ロレーンが「東側」に入って映画館で殴り合いになったシーンでバックのスクリーンに流れていたのがタルコフスキーの「ストーカー」だったり、ある人物を逃がす手引きのシーンでテトリスで遊んでいるヤツがいたり、「外にデヴィッド・ハッセルホフが」といったほのめかしがありました。デヴィッド・ハッセルホフのくだりは、1989年の上半期にドイツのチャートでハッセルホフの「Looking for Freedom」が数週連続で一位だったことに絡めたものと思われます。ちなみにホフは、壁崩壊後の大晦日に現地でパフォーマンスをしているんですよね。





ストーカーをバックにしたシーンはこっちのトレイラー版で映っている。