2015年12月27日日曜日

2015年を振り返る ― 忘れがたい本 約20冊+α

 2015年、個人的に印象に残った本20冊+αを選びました。ソローキンの三部作の邦訳刊行、手斧作家エリザーロフの邦訳刊行、十数年ぶりに復刊を果たした『亡命ロシア料理』と、今年の自分は割とロシアづいた感があるなという印象。


▼パオロ・バチガルピ『神の水』

神の水 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
パオロ・バチガルピ
早川書房
売り上げランキング: 28,472

 今年、自分のなかで一番株が上がった作家を挙げるとするならば、まず間違いなくバチガルピになる。荒涼とした近未来スリラー、かつ、エンタメ。バチガルピ自身のストーリーテリング能力が抜群に向上していて驚かされるとともに、短篇「タマリスク・ハンター」からよくここまでエンタメ方向に話を膨らませたなという感慨もあった。主要キャラ三人ともしっかり主人公してて魅力的なのもいい。『シップブレイカー』はヤングアダルト向けに書かれたものだから、まだいくらか手心があったけど、『神の水』は本当にもう容赦がない。アメリカが昔から頭を悩ませている水利権問題の深刻化を近未来の絶望的な風景としてイヤになるくらい描いてるし、その上でエンタメとしての引きをガッツリ仕込んである。もちろん荒廃と汚さの描写の冴えはいつものバチガルピ。アメリカが血と汗と小便と砂の匂いの混じった神亡き地と化している。個人的に『ねじまき少女』には未だにチューニングが合わないのだけど、これは世界観といいストーリーといいど真ん中で噛み合っていて、熱く語りたくなるものがある。あと、「フルーテッド・ガールズ」ばり、とまではいかないけど、それに近いような恍惚混濁な絡みのシーンがちょっとだけあって、この志向はバチガルピおじさんのカルマか何かがそうさせてんのかなと思ったりした。それがまたイイ。ちなみに、本書の種本となったマーク・ライスナーの『砂漠のキャデラック』も面白いです。大雑把に言ってしまえば、アメリカの河川の成り立ち、水利権をめぐる仁義なき官僚パワーゲーム、そしてダム建設事業の理想と破綻がガッツリ書いてあって、まさに情報量の洪水。



▼パトリック・デウィット『みんなバーに帰る』

みんなバーに帰る
みんなバーに帰る
posted with amazlet at 15.12.27
パトリック・デウィット
東京創元社
売り上げランキング: 236,397

 最悪の堕落小説であり最高のダメ人間小説。主人公のバーテンダーも、バーにやってくる常連客も、酒やクスリにドップリで、全員ロクデナシの最低野郎ども。そんな輩の狂騒と痴態が最後の最後までゲロのように吐き出されており、活字からツーンと匂ってくる。『シスターズ・ブラザーズ』もロクでもなくそして楽しい話だったが、処女作の方もこんなにロクでもなかったのかという思い。でもこっちの方が個人的に肌に合った。咀嚼しないで吐いてる感じがねえ、たまらんのですわ。



▼藤田和日郎『黒博物館 ゴースト アンド レディ』

黒博物館 ゴースト アンド レディ 上 (モーニング KC)
藤田 和日郎
講談社 (2015-07-23)
売り上げランキング: 3,673

黒博物館 ゴースト アンド レディ 下 (モーニング KC)
藤田 和日郎
講談社 (2015-07-23)
売り上げランキング: 3,026

 ナイチンゲールが辿った史実の激動の流れを軸に、ゴーストストーリーと剣戟アクションが融合。そしてシェイクスピア作品からの引用が、ダメ押しとばかりに殺し文句としてキマる。この上なく鮮やかで粋な伝奇ロマン。ラストまで目が離せなくなる鮮やかなストーリーテラーぶりもさることながら、慈愛と狂気を孕んだヒロインとして描かれるナイチンゲールのキャラクターの凄まじさに揺さぶられてしまう。フジタカおじさんの凄みに完膚なきまでにやられてしまった。「絶望」の瞬間を望むグレイと、「絶望」からかけ離れた強さで突き進むナイチンゲールのふたりの関係性に、『うしおととら』のコンビの関係性の変奏を聴く人も多いのではないかと思う。あのラストシーンには万雷の拍手を送りたい。 もはや上下巻という構成すら粋に感じてしまう、全身全霊をもってオススメしたい「二冊」。



▼ニック・ハーカウェイ『エンジェルメイカー』

エンジェルメイカー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ニック ハーカウェイ Nick Harkaway
早川書房
売り上げランキング: 68,162

  「とんでもなく面白い小説」とカギカッコ付きで言いたくなる一冊。たっぷり大容量でひたすらに饒舌なので読む方も莫大なエネルギーを使うのだけど、満足感は破格。そのうえ、再読、再々読させるパワーもある。押し流されそうなほどに雑多な要素はやはり健在なれど、『世界が終わってしまったあとの世界で』以上に活劇小説的な度合いが増してるぶん、より「チューニングが合った」感があった。ギャングの大物を父に持つしがない時計職人の主人公ジョーと、かつて凄腕女スパイとして世界を駆け巡った老女イーディー・バニスターの物語が展開され、二つが交わったとき物語は大きく動き出し、一大ピカレスクロマンの様相を成していく。ババアが強い作品にハズレはないのだけれども、ジョーの覚醒ぶりと終盤での立ち回りもまた、血沸き、肉躍る。ストーリーにグイグイと引っ張られ続ける愉しさを堪能させられた。著者のニック・ハーカウェイはスパイ小説の大家 ジョン・ル・カレの息子。心なしか、本作におけるジョーと父マシューの関係とダブってくるのだけれども、彼もまた、自分の物語を紡ぎ出す素晴らしいエンターテイナーなのは間違いなく、次の作品が楽しみでならないですよ。



▼平山夢明『デブを捨てに』

デブを捨てに
デブを捨てに
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平山 夢明
文藝春秋
売り上げランキング: 12,240

 ちょっといい話のようでやっぱりロクでもなく、従来作ほどエグくはないけどそれでも掃き溜めゴッソリすくい取りのイヤンな味たっぷりの中短編集。ヤクの売人である父と子のワケありな物語「いんちき小僧」。取材した大家族のムチャクチャで異常極まる顛末を描いた「マミーボコボコ」。ハゲでブスのヘルス嬢との出会いの思い出を語る「顔が不自由で素敵な売女」(「その女は頭(ず)が禿(は)げていた。」という冒頭の語り出しが可笑みと凄みを孕んだ強烈さ)。そして借金のカタとして遠方に「デブ」を捨てに行くハメになる男とすさまじい巨躯を誇るデブ女との珍道中と奇妙な交感を描いた表題作の、血ヘドにまみれながらもそれでいてしっかりロードムービーしている感ときたらたまらない。ペーパーバックを意識した本の造りがまたとてもいい。



▼ウラジーミル・ソローキン〈氷〉 (『氷』&『ブロの道』)

氷: 氷三部作2 (氷三部作 2)
ウラジーミル ソローキン
河出書房新社
売り上げランキング: 465,503

ブロの道: 氷三部作1 (氷三部作 1)
ウラジーミル ソローキン
河出書房新社
売り上げランキング: 41,841

 〈氷〉三部作の第二部と第一部。どちらもガツンとカマしてくれる。『氷』では「ヤク中の彼が風呂場に水を張って栓を抜いた状態でキンタマを排水口に吸い込ませて共産主義について考えながらオナるのが好きなの」みたいなことを彼女がこぼすクッソどうでもいいくだりがあるのだけど、そういうのをブッ込んでくるソローキンおじさん、もう狂おしいほど好きだぜ。筒井康隆の「陰悩録」もかくやだぜ。『ブロの道』はいわゆる「エピソード・ゼロ」的な話で、《氷》のオリジネイターである一人の男の生い立ちがじっくり語られるのだけども、ツングース隕石との邂逅で《氷》に目覚めて以後はもうラストまで熱狂的爆走の一言。心臓(こころ)目覚めた兄弟たちと愚かな「肉機械」共の血風録であり、気がつけば読んでいるこちらの眼前も異形と化していた。つまるところ「ブロの道」は突如として心臓(こころ)がぴょんぴょんした始祖の男が《氷》のパワーで人々の心臓(こころ)をぴょんぴょんさせてゆく物語です。血まみれだがな! 



▼深緑野分『戦場のコックたち』

戦場のコックたち
戦場のコックたち
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深緑 野分
東京創元社
売り上げランキング: 4,120

 一気読み不可避の力作。ノルマンディー降下作戦から終戦に至るまでの若きコック兵たちの戦場と隣り合わせの日常とミステリを描いた群像劇。デビュー中短編集『オーブランの少女』での描写やプロットの凝りように舌を巻かされたのだけれども、書き下ろし初長編となる本作で戦争モノと日常の謎を噛み合わせるという難事をやってのけており、また驚かされた。章が進むにつれて重みが増していく構成も巧く、数編の連作としても一本の長編としても読める。キャラクターの造型もいいし、だからこそエピローグもじんわりと効いてくる。



▼トレヴェニアン『パールストリートのクレイジー女たち』

パールストリートのクレイジー女たち
トレヴェニアン
ホーム社
売り上げランキング: 60,548

 刊行作品がことごとくベストセラーになりながらも、長いあいだ謎の多い作家として知られていたトレヴェニアンが生前最後に刊行した長編小説。第二次世界大戦時のアメリカのスラムストリートに引っ越してきた 主人公の「ぼく」と母と妹の生活を活写した、味のある半自伝的な話。日常の小さなエピソードの連続なのだけれども、「ぼく」の周りを通り過ぎていくのっぴきならない人々の息づかいやストリートの喧騒などが鮮やかなディティールをもって目に浮かび上がってくる。山岳スリラー、真摯な日本観を交えた冒険活劇、 恋愛サスペンス、西部劇、警察小説と、一つどころにとどまらなかった彼が最後にたどり着いたのが本書であるというところも、しみじみとしたものをおぼえるのです。



▼宮内悠介『エクソダス症候群』

エクソダス症候群 (創元日本SF叢書)
宮内 悠介
東京創元社
売り上げランキング: 135,408

 火星の人類学者ならぬ、火星の精神科医。火星開拓地における精神医療というテーマもあってか、淡々とした描写。エンタメを求めると肩透かしを食うだろうけど、ところどころでツボに引っかかってくるのある感じ、すごくいい。レポートというか問題提起を読み、現代・過去とのリンクの妙を見出すという感じ。ある種 J・G・バラード的趣向。数々のぺダントリーな知識や小ネタを楽しめるのであればなおさら。たとえば第四章のタイトルが「ランシールバグ」なのだけど、これはファミコン版ドラクエ3の有名なバグの通称と同名。いろいろ応用が利くうえにゲームバランスを大崩壊させる、まさに「世界そのものが不具合を起こす」超致命的なバグなのです。



▼鳥飼否宇『死と砂時計』

死と砂時計 (創元クライム・クラブ)
鳥飼 否宇
東京創元社
売り上げランキング: 146,461

 異国の地の閉鎖的な終末監獄内で繰り広げられる連作ミステリ短篇集。制限状況を逆手にとったトリックと逆説の数々は、じつに氏の持ち味が出た作品。「あれー、そっちに持っていっちゃうの!?」な真実とオチでそれまでのエピソードすらひっくり返してしまう、書き下ろしの最終話も私は好きですね。



▼アルベルト・モラヴィア『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』


 『無関心な人々』『倦怠』といった長編のような、ゆるやかでアンニュイな人間模様を描く作家というイメージを持っていたのだけども、こういうヘンな味のある数々の短編もものしていたのかという驚きと嬉しさを噛み締めることができた。もちろん、氏の持ち味はこちらでも漂っている。セクシャルマイノリティーの寓話としても、バラではなくキャベツに恋したハナムグリのキュートな短編としてスルリっと入っていく表題作はもちろん、怪物“クルウールルル”の夢に引っ掻き回される島の人々のてんやわんやを描いた「夢に生きる島」や、謎の悪臭をめぐる人間模様をユーモラスかつ痛烈に描き出した「疫病」も好きだけど、とにかく「パパーロ」がたまらない。とにかく一度読んで御覧なさい、あなたもパパーロで頭がいっぱいになると思いますよ。パパーロとは何かって? いやそりゃあなた、パパーロですよ。



▼吉村萬壱『虚ろまんてぃっく』

虚ろまんてぃっく
虚ろまんてぃっく
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吉村 萬壱
文藝春秋
売り上げランキング: 215,649

 肉体の汚穢が超高密度で詰まった強烈猛臭短編集。読んでいてマジで気が狂いそうになるし、最低最悪の読書体験が約束される。逆説的に言うとぶっちぎりで最高であり、読む吐瀉物で読む毒物と形容したくなる一冊。さあ、キミも「家族ゼリー」を読んで、親父の育ったイボ痔を舐めよう。こちらの記事の吉村氏へのインタビューも必見です。“工事現場の簡易トイレで、蛆虫がびっしり、くみ取りのウンチの上に宝石のように輝いているのを見た時。――陽光がさしてキラキラ輝いていた。――概念的 に汚いとか臭いとか、思っているものでも、実はものすごく美しいんじゃないか。そのことに気づいて、これは書きたい、と思いました。”

「概念的に汚いとか臭いとか思っているものでも、実はものすごく美しいんじゃないか――吉村萬壱×若松英輔(前編)」
(from 「本の話」編集部|本の話WEB)



▼エステルハージ・ペーテル『女がいる』

女がいる (エクス・リブリス)
エステルハージ ペーテル
白水社
売り上げランキング: 206,639

 必ず「女がいる。僕を愛している/憎んでいる」の一節で始まる97の男女の断章。冒頭の一節からズームレンズのようにどんどん恋愛模様に接近していき、ときには肉体の、それこそ股間の栗の花やらチーズ臭さを感じさせるところまで接近する。そういった生々しさを意識の流れと共に感じさせつつ、全体的にはミニマリズムとユーモアに富んだショートショートとしても読める。反復的なあたりは、夢の断章をひたすら書き綴るバリー・ユアグローの作風にも近いと感じた。



▼ミハイル・エリザーロフ『図書館大戦争』

図書館大戦争
図書館大戦争
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ミハイル エリザーロフ
河出書房新社
売り上げランキング: 178,742

 ソローキンが氷のハンマーで覚醒さすなら、ワシは「本」で覚醒させちゃるけえのお、みたいな。ロシア版仁義なき戦い。老い先短いババアの一団がハイパー化し大暴れする序盤や、武装図書室の血みどろの戦いをテメエラその目に焼き付けろや! といわんばかりに目に飛び込んでくるのだけれども、読んでいくうちにだんだん闘争の血生臭さよりも加齢臭と死臭、そして閉塞感が強まっていき、ヴァイオレンス小説とは異なる色合いが出てくる。くわえて、主人公がじつに巻き込まれ流され体質なのもあって、終盤でみせる一連の展開にはもうかなり気が滅入ってくる。でも、これが本書のミソというか魅力だなと感じた。そもそもエリザーロフが本書を執筆したキッカケが「住んでいた村で週に三度漂ってくる屠殺場からの豚の死臭」だったというのだから、なるほどなという思いがした。



▼レミー・キルミスター『レミー・キルミスター自伝 ホワイト・ライン・フィーヴァー』

レミー・キルミスター自伝 ホワイト・ライン・フィーヴァー (Loft BOOKS)
レミー・キルミスター
ロフトブックス (2015-04-08)
売り上げランキング: 209,643

 ご存知モーターヘッドのレミーおじさんの自伝。読者が期待するようなクソッタレなエピソード満載で、面白すぎる。いいぞお。息子が家賃で困ってるというのでレミーが200ポンドをくれてやったら、後日、息子がやってきて一言「見てくれよ俺の新車!」。加えてレミーの女も寝取るドラ息子ぶり。しかし負けじと息子の彼女を寝取るという“お返し”をするレミー。曰く「まったく、親父と息子の両方と寝たがる女が世の中にどれだけいるか教えてやりたいぜ」



▼ピョートル・ワイリ/アレクサンドル・ゲニス『亡命ロシア料理〔新装版〕』


亡命ロシア料理
亡命ロシア料理
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未知谷
売り上げランキング: 212,513

 表紙の写真の写りはあまり美味しそうにみえないのだけれども、そこで尻込みしてはいけない。序盤からもうユーモアが効いていて「――日本人は魂が腹に宿っていると信じているのだ。だからこそ、ハラキリをして魂を外に解き放ってやるのだろう。自分の形而上的な本質を確かめるための、なんと苦しくも痛ましい方法であろうか。」ってな感じだからフフフってなる。ソ連からアメリカに亡命した身の上の著者から繰り出されるウィットとスパイスに富んだユーモアは、複雑な味わいとなって身に染みてくる。そして、アナタはきっと壺を買いたくなったりして困るハメになるだろう。料理用の壺を。『亡命ロシア料理』は壺を買わせる本でもあるのだ。



▼リチャード・パワーズ『オルフェオ』

オルフェオ
オルフェオ
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リチャード パワーズ
新潮社
売り上げランキング: 12,545

 微生物遺伝子に音楽を仕込もうとしたらバイオテロ扱いされて逃げるハメになる作曲家のお話。ストーリーは作曲家の現在と過去の二本の線が交互に進行し、そこで「普遍の音楽」とはなんぞやという追求が描かれていく。書き口もまさに重奏的。志向はもちろん異なるのだけど、パラニュークの『ララバイ』を思い起こしたりした。メシアン、アンスラックス、ライリー、ショスタコなどなど、100曲くらいいろいろな楽曲が出てくるわけだけども、巻末にはそれらをまとめたリストまで用意されている。タイトルは日本語と英語の両方の表記を併録。そういうところもありがたい。

“もしも私の曲があなた方を取り囲んでいたとしても、誰もそれに気が付かないだろう。億単位であらゆる場所に存在する、細胞の形をした歌たち。”

“文法はあるが、辞書はない。何かは分かるが、意味はない。差し迫ってはいるが、必要性はない。それが音楽と細胞の化学だ。”

“音楽は耳から流れ込む意識だ。そして、意識ほど恐ろしいものはない”



▼ロバート・クーヴァー『ユニヴァーサル野球協会』

ユニヴァーサル野球協会 (白水Uブックス)
ロバート クーヴァー
白水社
売り上げランキング: 89,146

 虚構と現実の境が曖昧になる話というのは今ではそう珍しくはないものなのだけど、本作が書かれたのが60年代末ということを考えると、静かな感銘をおぼえる。主人公は仕事以外の時間を脳内で開催中のプロ野球リーグに延々と費やしていて、そこでは選手から環境まで精緻に設定され、膨大な情報量で成り立っている。でも、ある日の試合中に看板選手が死んでしまったばかりに、彼の現実が支障をきたしだす……。個人的には放送が終わってしまった日常系アニメの続きを己の脳内で延々と観続ける「難民」に通じるものがあると思ったりした。ゆゆ式は十数クール目が絶賛放送中だし、キルミーベイベーはずっと生き続けるんだ。



▼デイヴ・トンプキンズ
『エレクトロ・ヴォイス 変声楽器ヴォコーダー/トークボックスの文化史』

エレクトロ・ヴォイス 変声楽器ヴォコーダー/トークボックスの文化史 (P-Vine Books)
デイヴ・トンプキンズ
スペースシャワーネットワーク
売り上げランキング: 525,164

 著者がヒップホップ系ライターということもあって、膨大な情報量が縦横に飛び交う楽しい語り口でグイグイ読ませる。かのソルジェニーツィンが特殊収容所にブチ込まれていたころに、スターリンの命でロシア製ヴォコーダーの開発に携わっていたということを知るなどする(そのときの体験は彼の著書『煉獄のなかで』に書かれている)。そういえば、テルミンの生みの親であるテルミンははレーニンを蘇生させようという計画を一時期考えていたとかいう話もあるみたいなので、直接的影響ではないとしてもロシアの土壌ゆえの思想的共通性は何かしらかあるんじゃないの的なことをふと思ったりした。



▼田中康夫『たまらなく、アーベイン』

たまらなく、アーベイン
たまらなく、アーベイン
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田中 康夫
河出書房新社
売り上げランキング: 76,655

 『なんとなく、クリスタル』が新装文庫化し、『33年後のなんとなく、クリスタル』まで出たと思ったら、こちらも30年目にして新装復刊した。活字で読むディスクジョッキーのしゃべりみたいな感じなので、正直ディスクガイドとして読むとまったく頭に入ってこないのだけども、80年代という時代の空気が切り取られた一冊として、ライフスタイルとして音楽を提示したAORディスクガイドとして、今、これを読むことの面白さみたいなものはある。あの当時に「アーバン」のことを「アーベイン」と言ってた時点で康夫おじさんはなんか越えてたものがあるな ということを菊地成孔おじさんが言っていたが、なんだかそういいたくなるのもわかる。



【+α】

▼町田康 訳「宇治拾遺物語」



 完全にマーチダさんのグルーヴィーうどん文体であり、死ぬほど笑ったし、軽く踊った。おほほ。愉快なこといってくれるやんけざますじゃんでございますわ。壮絶なほどのそそる色気のある最高にいい女、和泉式部を見た男は頭がおかしくなったりムチャクチャになるんだぜ? たとえば、カヴァーアルバムでアレンジャーが辣腕を発揮してやたらとグルーヴィーな編曲のシロモノに出会うことがたまにあるけど、マーチダさんは活字でそれをやってのけちゃうワケですよ。くほほ。宇治拾遺物語の「芋粥」は原典でもめちゃ好きな話なのだが、これがマーチダさんの訳になると倍率ドン、さらに倍な面白さ。

「え? 芋粥を飽きるほど食いてぇ? それマジ?」
「マジっす」
「よりによって芋粥かよ。滓みてぇな奴だな。あ、わりぃ、わりぃ。ごめんな、お客さん。滓とか言っちって」



▼「ユリイカ 2015年11月号 特集:梶浦由記」



 本人インタビューはもちろんのことながら、データ的にも考察的にもかなりの読み応え。特に飯田一史氏による「梶浦由記ヒストリア」は永久保存版といっていいほどに超高密度の情報の集積体で圧巻。すごいわ。梶浦さんの生い立ちから音楽的・文学的影響まで網羅されている。南米文学がお好きとは聞いていたけど、時代小説から幻想小説まで国内外問わず幅広い読書姿勢に驚嘆する。あとは、真下監督との「EAT-MAN」「NOIR」がキャリア的にも音楽的にも大きな転機だったのだなというのが改めてわかる。



▼原案:宮下あきら/作画:サイトウミチ「男塾外伝 紅!! 女塾」

男塾外伝 紅!! 女塾(1) (ニチブンコミックス)
宮下 あきら
日本文芸社 (2015-09-28)
売り上げランキング: 16,569


 女版「魁!! 男塾」という、一見して一発ネタ以外のなにものでもない感バリバリなのだけど、セルフパロディ的ヌルさとまごうことなき男塾のノリのミックス感が絶妙で、いろんな意味で忘れがたかったので。第三次世界大戦時に某国が放った“日本男児弱体化爆弾(男爆)”でDNA構造を強引に書き換えられた日本男児は奮闘虚しく「消滅」。十数年後、江田島平八は消えた日本男児に代わる屈強な「日本女子」による軍隊を編成するために女塾を創設――という設定、歴史改変モノの条件をバッチリ満たしていると思うのはわたくしだけでしょうか。


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  《タイトルだけでも挙げておきたい20冊》
こちらも印象深かったです。

●奥泉光『その言葉を/暴力の舟/三つ目の鯰』
●オラシオ『中央ヨーロッパ現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』
●グスタボ・マラホビッチ『ブエノスアイレスに消えた』
●沙村広明『波よ聞いてくれ』
●ジル・ブーランジェ『恐怖の詩学 ジョン・カーペンター 人間は悪魔にも聖人にもなるんだ』
●S・G・セミョーノヴァ/A・G・ガーチェヴァ『ロシアの宇宙精神』
●田中啓文『イルカは笑う』
●トニー・ヴァレント『ラディアン』
●トマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』
●中井英夫『ハネギウス一世の生活と意見』
●フィリップ・K・ディック『ティモシー・アーチャーの転生〔新訳版〕』
●ポール・マイヤーズ『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代 魔法使いの創作技術』
●ボリス・ヴィアン『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』
●マーク・シャツカー『ステーキ! 世界一の牛肉を探す旅』
●松原圭吾『ファミコン攻略本ミュージアム1000』
●皆川博子『トマト・ゲーム』
●山口正人『龍の進撃』
●リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』
●ロバート・E・ハワード『失われた者たちの谷~ハワード怪奇傑作集』
●ロベルト・サヴィアーノ『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』