聖夜 (文春文庫) (2013/12/04) 佐藤 多佳子 商品詳細を見る |
先ごろ文庫版が出た佐藤多佳子『聖夜』を読了。あらすじの「メシアンのオルガン曲と格闘する少年」に興味を惹かれて手にとった本なのですが、まさかキース・エマーソンの名前が出てくるとは思っても見ませんでした(ちなみに、最初の扉絵にはキーボードとEL&P『TARKUS』のジャケットをあしらったイラストが描かれています)。
本作は、家族関係によって翳りと屈折を孕んだ18歳の主人公 鳴海一哉が、音楽への姿勢を自問し葛藤していく音楽小説であります。メシアンのオルガン曲に苦戦する一方で、彼がとり憑かれているのがキース・エマーソンで、EL&Pの曲を聴いたり弾いたりする描写が出てきます。「くだらねえな。何もかも。ELPを弾こうが、メシアンが弾けなかろうが、どうでもいいんじゃないのか。」(P54) また、キース・エマーソンは解放者か破壊者かと問いかけるシーンも。「解放者でも破壊者でもない―そんなイデオロギーの奴隷ではなく、彼は自由な音楽家なのだ。騎士でも悪魔でもなく、鍵盤の技術者、卓越した人間だ。」(P148) 作品設定が1980年ごろという、プログレに翳りが出てきた頃であるのもまたミソ。深井というクラスメイトが途中からストーリーに絡んでくるのですが、こいつがプログレ好きで、当時の四大バンドの凋落ぶりに憤慨するシーンが出てきます。「―だけどさ、もう、なんか、みんなダメだよなあ。どれ聴いてもがっかりでさ。お前、『ラヴ・ビーチ』聴いた?」(P108)
オリヴィエ・メシアンのオルガン曲とキース・エマーソンのプログレ曲を二本柱にしつつ、合間にはフォーカス、ラリー・カールトン、スティーリー・ダン、リターン・トゥ・フォーエバー、クルセイダーズ、マイケル・フランクスの名前もちょろっとだけ登場します――そういった小ネタも目を引く『聖夜』でありますが、聖職者の父と、ドイツ人のオルガン職人と共に出て行った母への複雑な思いを自身の内に抱え込んだ一哉が、どのように葛藤を乗り越えてメシアンの楽曲を理解し、そして成長してゆくのか。「家族」「神」「赦し」「聖性」などのテーマもゆるやかに織り込みつつ、穏やかな筆致で書かれたストーリーが何より素晴らしくて、読後感も柔らかい。いい青春音楽小説だなあと感じた作品でした。
ちなみに一哉が苦闘していたメシアンの曲が、「主の降誕」の第9曲"神はわれらのうちに"。 ラストシーンは聴きながら読むとより感慨深いものがあります。