零人 (大坪砂男全集4) (創元推理文庫) (2013/07/27) 大坪 砂男 商品詳細を見る |
昨年、東京創元社から全4巻で刊行された、日下三蔵氏編纂による大坪砂男氏の全集を一通り読みました。元警視庁鑑識課吏員であり、江戸川乱歩によって称された「戦後派五人男」の一人に数えられる探偵小説作家であり、谷崎潤一郎『蓼喰ふ虫』の登場人物のモデル、都筑道夫の師であり、自らは佐藤春夫に師事、晩年は柴田練三郎のアイデアマンとして糊口を凌いだという、その生涯においても興味深いトピックが多い砂男氏。本格推理小説をはじめ、奇想小説、幻想小説、時代小説、サスペンス、SF、果てはショートコントや、アメリカ映画のノベライズ(「ヴェラクルス」「24時間の恐怖」)など、様々なジャンルの短編を遺した氏ですが、今回の全集にはそれらの作品群に加え、未収録のエッセイや初稿・異稿版、種々の評論・関係者や解説なども収められており、資料的にも充実しております。また、最終巻の編者解題において、ニトロプラスのゲーム作品や、『魔法少女まどか☆マギカ』『仮面ライダー鎧武』などの脚本家で知られる虚淵玄氏が砂男氏の孫にあたるということが明かされております。
砂男氏の代表作として挙げられる「天狗」は、「黄昏の町はずれで行き逢う女は喬子に違いない。喬子でなくてどうしてあんな素知らぬ顔をして通り過ることができるものか」という書き出しで始まり、主人公の偏執的言動と周到に計画されたトリックを書いたミステリ短編。全編に立ち込める静かな狂気がトリックの荒唐無稽さを呑み込んでおり、ただならぬ異様さを醸し出しております。私を蔑った彼女は公衆の批判を受けるべきだしその命は奪われねばならないしブルーマースを穿った下肢は白日の下に晒されねばならないと、主人公がその思考を方程式にして吐き出すくだりは忘れようにも忘れられません。「天狗」収録の第2巻も捨てがたいものがあるのですが、1冊の内容として個人的には好きなのは「幻想小説篇」「コント篇」「SF篇」と、エッセイ、そのほか多数の資料からなるこの第4巻。
こだわりのもとに推敲に推敲を重ねて書かれる砂男氏の文体はとっつきづらいとはいえ、「天狗」のように妄執的な人物を書かせたときの氏の筆の冴えには、否応もなく惹き込まれるものがあります。「幻想小説篇」の冒頭を飾る、花に憑かれた男の偏愛と幻視の顛末を書き出した表題作「零人」も、ある種の蟲惑的な熱を感じさせる一編。「コント篇」の収録作品は、「コント・コントン」「階段」「ビヤホール風景」など、人間模様をサスペンス/ホラー/ユーモアを絡め切り取った十数編。印象こそ小粒ですが、読みやすく小洒落た仕上がり。「SF篇」収録の4編は、中学生向け雑誌に書かれた「宇宙船の怪人」「プロ・レス・ロボット」、こちらもロボットプロレスネタを絡めたSFミステリ「ロボット殺人事件」、皮肉の効いたショートコント「ロボットぎらい」と、いずれもロボットSFものであり、1950年代中期に書かれた作品。アイザック・アシモフからの影響を色濃く感じさせるものになっています。ところで、ロボットプロレスといえばリチャード・マシスンの名作「四角い墓場(Steel)」が浮かびますが、こちらが発表されたのは1956年。「プロ・レス・ロボット」「ロボット殺人事件」の雑誌掲載はそれぞれ1955年、1956~57年であることを考えると、ほぼ同じ時期なんですよね。時代によるものと言ってしまえばそれまでですが、なかなか興味深いものがありました。後半の資料編は、山村正夫氏の「推理文壇戦後史(抄)」「夢幻の錬金術師・大坪砂男―わが懐久的作家論」と、色川武大氏の砂男氏にまつわるエッセイが特に面白く感じました。「推理文壇戦後史(抄)」では、高木彬光&山田風太郎 VS 大坪砂男という図式で繰り広げられた「魔童子論争」の顛末にも触れられております。
「創元推理文庫版〈大坪砂男全集〉全4巻刊行記念 和田周インタビュー(聞き手・日下三蔵)[2013年2月]」
http://www.webmysteries.jp/japanese/wadakusaka1302.html
大坪砂男氏の息子である和田周さんへのインタビュー。柴田練三郎のアイデアマンだった時期についても触れられている。ヴィリエ・ド・リラダン、G.K.チェスタトン、久生十蘭はともかくとして、ロバート・シェクリィやジャック・フィニィも息子に薦めるほど好きだったとは。
●大坪砂男 - Wikipedia