2017年4月30日日曜日

伝説の巨匠の「怒り」と「優しさ」。三冊目の日本オリジナル傑作集― ハーラン・エリスン『ヒトラーの描いた薔薇』

ヒトラーの描いた薔薇 (ハヤカワ文庫SF)
ハーラン・エリスン
早川書房
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 ハーラン・エリスンの日本オリジナル傑作集の三冊目『ヒトラーの描いた薔薇』がさる4月20日に出た(ちなみにこの日はアドルフ・ヒトラーが生まれた日[1889年4月20日]でもある)。『世界の中心で愛を叫んだけもの』以来、じつに43年ぶりとなった日本オリジナル短編集『死の鳥』が昨年8月に刊行され、それから一年と待たずして第三選集が出たというのはまことに喜ばしいかぎり。今回もカバーデザインは川名潤氏によるもので、死ぬほどカッコイイ。古いものでは、1957年作「ロボット外科医」から、新しいものでは、ローカス賞中短篇部門を受賞した1988年作「睡眠時の夢の効用」(本邦初訳)まで、13編を収録。さすがに三冊目の選集となると、『世界の中心で愛を叫んだけもの』『死の鳥』とは一段落ちるかなという心積もりでいたのだけれども、すみませんでした。ハイアベレージの傑作が揃っています。エリスンの筆致のある種極まったスタイルのパワフルさにはいつも何かしら圧倒されてしまう。経年劣化を感じないというと嘘になるし、文体には明らかに好き嫌いが分かれるのだけど、それを何倍も上回る技量とセンスで殴り飛ばしてくるのがエリスンのエリスンたる魅力というか。例えるなら、初期装備のひのきのぼうで勇者がラスボスを殴り倒してるような感じというか。今となっては古びきってしまった感は否めない「ロボット外科医」ですらも、訴求力がめちゃくちゃ高い。

 そして改めて思ったのが、エリスンは序盤から「ブチ上げていく」のがホントうまいよなあと。これから始まる一騒動への期待を否応なく高めていく「「悔い改めよ、ハーレクィン! 」とチクタクマンはいった」の冒頭部の一連のくだりや、チャノ・ポゾ、ディック・ボング、マリリン・モンロー、ウィリアム・ボライソーの四人の“悲劇的な死”を連ねるところから始まる異世界転生譚「竜討つものにまぼろしを」(ともに『死の鳥』収録)でもそうのだけど、血中のアドレナリン濃度を高めるグルーヴのようなものを感じます。そういう流れでいえば、本書の表題作「ヒトラーの描いた薔薇」も、間違いなくグルーヴ感が凄い一編。世界に凶兆が顕現すると同時に地獄の蓋が開き、切り裂きジャックやカリギュラ、シャルロット・コルデー、エドワード・ティーチ、カイン、チェーザレ・ボルジアといった稀代のヴィランたちが逃げ出す。いやもう、たちまちのうちにブチ上がらせてくれます。罪を犯したものが天国へ行き、無実のものが地獄へ落ちる。だが、地獄へ落ちた無実のものがこの不条理を前に見出したものとは――というストーリーも忘れ難い印象を残す傑作。描写としてはほんの少ししか登場しないのだけども、地獄の壁で想像を絶する美しき薔薇を一心不乱に描きだすヒトラーの姿が、読後に非常に印象深い存在として映ってくるんですよね。エリスンはこれをラジオ番組のオンエア中の数十分で書き上げたという話を聞いたおぼえがあるのだけど、マジかよとしか言いようがないですね。なればこそのグルーヴ感なのだろうか。

 また、男性ファッション誌《Men's Club》に邦訳掲載された作品がいくつか収録されていることもふくめ、全体的に現代小説、都会小説の割合も増えているのもポイント。人間のやりきれなさや不条理を描いた作品が多いぶん、個々の作品への感情移入度も高いのではないかと思った次第。人種差別をテーマに描いた「恐怖の夜」「死人の眼から消えた銀貨」の突き刺さる冷たさや象徴性、【もし自分がもう一人いたら】というシンプルなテーマながらじんわりとした味わいでみせる「解消日」、突如として現代によみがえった巨人が再び神話的結末を迎える「大理石の上に」、都市から地下世界へ、たちまちのうちに幻想的イメージが広がってゆく「クロウトウン」、自らのわき腹に開いた「口」をめぐって静かなるトーンで描かれる「睡眠時の夢の効用」――といった現代のおとぎ話。方や、「苦痛神」は人間に苦痛を与える仕事をせっせとこなす神がせっせと苦痛を与え続けながら、いつしか人間的感情に目覚め、自らの使命を再認識する話。神のドラマでありながら、「人間」のドラマでもある。そしてどこまでも不条理な物語のようで、「救い」の物語でもある。シンプルながらうまいなと。

 戦地で凄惨な拷問を受けた兵士が「死の息」を吐くバジリスクの力に目覚めるも、彼を待ち受けていたのは裏切り者のレッテルと、人々の残酷な仕打ち。やりきれないままに自らの怒りを誇示するが、民衆の一撃のもとに倒れる。そしてそれをはるか遠くから眺める軍神マルス――ベトナム戦争の帰還兵問題をテーマにした「バジリスク」や、ガーゴイルの石像がひたすら群衆を残虐に殺戮しまくる、ただそれだけなのだが筆のノリ具合がもうあまりにも激烈で読むデスメタルと化している「血を流す石像」といった凄まじい怒りと不条理をぶちまけた話の一方で、超特殊状況下のボーイミーツガールを書いた「冷たい友達」のえらくストレンジなポップ感は、時代が時代ならセカイ系作品と言われてそうだなと。極めつけは、辺境の惑星を舞台に、人間と人馬の交流と、その果てにあるものを書いた「ヴァージル・オッダムとともに東極に立つ」(ローカス賞短編部門受賞作)。もう圧巻すぎて泣けてくる。ラストに出てくる「あるもの」の描写の筆舌に尽くしがたい美しさはエリスンのコッテリした文体とドンピシャリでハマっていて、ぐうの音も出なくなるほどに震えてしまった。伝説の巨匠の「怒り」と「優しさ」の双方に触れられる、語り甲斐のある内容揃いだと思います。