2016年8月7日日曜日

映画『ハイ・ライズ(HIGH-RISE)』 雑感アレコレ



 高層マンション内で起こったヒエラルキー闘争と、人々の剥き出された獣性の果ての退化の姿を描いた、J・G・バラードの『ハイ・ライズ(旧題:ハイ―ライズ)(1975)。自動車衝突事故に対する異常な執着とフェティシズムを描いた『クラッシュ』(1973)、高速道路のスキマに落ち込んだ男の彷徨を描いた『コンクリート・アイランド』(1974)とともに《テクノロジー三部作》と称された傑作小説であります。2015年にベン・ウィートリー監督によって映画化された同作が先ごろ日本公開されたので観てきました。都内での上映はヒューマントラストシネマ渋谷。会場は高層ビル、というほどではないですが、ビルの8階にあるシネコンであり、原作が原作だけになかなかに味わい深いものを感じます。ちなみに、売店では犬の焼肉は販売されていませんでしたが、「ハイ・ライム」ドリンクが販売されていました。おいしかったです。


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 70年代といえば、「ハイテク建築」が台頭してきた時代でもあります。ちなみに、本作で描かれた高層マンションは全40階で1000戸/2000人を擁するという規模ですが、二十一世紀の現在ではそれを優に超える規模のものが出てきています。日本では2008年に「THE TOKYO TOWERS」という、地上58階建て、全2794戸というシロモノが東京都中央区に完成しています。設定こそ現代社会に追い抜かれた形ですが、作品のテーマ性は先鋭化する現代においてますます響くものであることに間違いはありません。原作が発表されてから40年、デヴィッド・クローネンバーグによる映画『クラッシュ』から20年を経て『ハイ・ライズ』を映画化したというのは、タイミング的にも良かったと思います。


 以下はネタバレ込みでアレコレととりとめなく書いているゆえ、映画未見の向きはリターンを推奨。あっ、全裸中年男性が出てくるということはバラしてもいいですよね?(予告編でトム・ヒドルストンが思いっきり全裸日光浴してますし)。






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 軒並みハイセンスなヴィジュアルで打ち出したポスター、セレブのエレガンスなムードたっぷりの予告編は確信的に本編のアレコレを「隠しおおせ」ています。実際は原作以上にエロ/グロ/ヴァイオレンスなシーンが数多くあり、事前情報を何も知らないと見事にスクリーンで一撃見舞われるテイになっています。そして、原作既読者であればほとんどの人が気になる部分であろう(?)「ロバート・ラングがベランダで犬の肉を喰いながら三ヶ月前に起こった出来事を回想しはじめる」という強烈な冒頭シーンですが、ご安心ください。ちゃんと映像化されています。目をやった先には愛らしいワンチャン! → 次の瞬間、ジュージューに焼けた足! というコンボです。

 トム・ヒドルストン演じる、知的で冷静沈着な(そして時に何を考えているのかわからない)イメージを崩さないロバート・ラング。ルーク・エヴァンス演じる、モッサリとしたルックスで、野趣と野心にあふれるリチャード・ワイルダー。ジェレミー・アイアンズ演じる、独自の美学を貫くダンディーな壮年アンソニー・ロイヤルと、三者のヴィジュアルはやはりクッキリと明確にされています。原作小説ではラング、ワイルダー、ロイヤルの三者の視点が順番に入れ替わりながら章を展開していくのですが、映画ではラングをメインキャラクターにして、ほとんど彼の視点で進んでゆきます。それに伴い、ラングの医師という設定や内面の描写は原作よりもクローズアップされており、同僚であり彼より高層のフロアに住むマンローというキャラクターの存在もそれに一役買っています。彼は原作の「宝石商の男」の役割を担っており、つまるところ、最上階近くから駐車場に飛び降りてボンネットにめり込むポジションです。また、原作ではアリス・フロビジャーというラングの姉がラングと秘め事めいたやり取りをするのですが、映画では彼女は「写真の中だけの存在」であります。彼女のポジションは、ワイルダーの妻へレンが担う形になりました。削られたり変更されたキャラクターは他にもいるのですが、その違いはご自身でお見比べあれ。

 原作小説では30ページぐらいでマンション全体が闘争状態に突入していましたが、映画ではそこに至るまでをじっくりとしたテンポで描いております。あまりサクサク進めると置いてけぼりになりそうなのと、重苦しさに欠けてしまいそうなので、英断だと思います。原作小説のテイストは大部分で尊重しつつ、肉付けするところはしっかり肉付けしていっており、スタッフの手腕の確かさを感じさせました。映画本編でロイヤルが「手のひらと五本の指」に例えていた五棟のビルの全体図や設計図はほんの少しだけ出てくる程度ですが、ブルータリズム建築(1950年代に見られた建築様式)の流れを汲んだ見事なヴィジュアルです。




 本作のいくつかの挿入歌(後述)と絡んでもくるのですが、パーティーのシーンが数多く挿入されているのも印象的でした。上層の住民が一様に中世貴族の格好をしてパーティに明け暮れ、現代風の出で立ちを逆に馬鹿にするという酔狂なシーンです。「服を着ているよりも裸でいるほうが素敵な男性というのはそうそういない」(ややうろ覚えですが)という序盤のセリフも、文明の数々を荒々しく投げ捨ててゆく展開を考えるとなかなかニヤリとさせられます。序盤のハイライトと言える、飛び降りたマンローがボンネットに頭からめり込むシーンはスローモーションでかなり視覚的に映像化されており、衝突の美学という意味でどこか『クラッシュ』にも通じるものを感じました。


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 『ハイ・ライズ』のコンポーザーはクリント・マンセル。80年代から90年代後半にかけてインダストリアル・ロック・バンド Pop Will Eat Itselfのヴォーカルとして活動した後、劇伴作曲家の道へ。美しいストリングス、淡々としたエレクトロニクスが織り成すエピックミュージックに定評があり、『レクイエム・フォー・ドリーム』『ブラック・スワン』『ノア 約束の舟』など、90年代後半以降のダーレン・アロノフスキー監督作品のスコアをすべて手がけ、ほかに『月に囚われた男』『イノセント・ガーデン』『フィルス』など。ゲーム「Mass Effect 3」にもコンポーザーの一人としても参加しています。本作のスコアは、ストリングスやマリンバ、ハープ、口笛、メロトロン、そしてシンセを織り込み、優雅で不穏な響きの双方を孕んだもの。幾度となく破滅的な表情を剥き出しにした、スレスレの境にある仕上がりです。ハープのゆったりと典雅なムードから静かにストリングスが反復して高まりをみせる"“Built, Not for Man, But for Man's Absence”は、ラングが外で周囲の五棟のマンションを一望するシーンと相まって特に印象深い一曲です。また、中世貴族仮装パーティのシーンで流れる、ABBA"SOS"の弦楽四重奏アレンジも忘れ難い。オリジナルの面影をすべて剥ぎ取って、凄まじく病的なアレンジで極北へと到達した感のあるPORTISHEAD版カヴァーの"SOS"が終盤で挿入歌として流れますが、マンセルの編曲によるこちらのカヴァーも素晴らしい仕上がりです。サントラ未収録なのが誠に惜しい。







 PORTISHEAD以外の挿入歌ですが、「70年代」にこだわったがゆえなのか、それとも企画者の趣味なのか、ジャーマン・ロックがやたらと多いです。Amon Düül II、CAN、GILAの曲がまとめて聴けるなんて、他の映画でもそうそうないのでは。選曲者の満面の笑みが浮かぶようです。この三バンドの曲はいずれも乱痴気パーティーのシーンで流れます。ほか、スーパーマーケットのシーンではDAFが流れ、エンディングではThe Fallと、これまたどえらい選曲です。曲目は以下の通り。


■GILA "Sundance Chant"
『Bury My Heart at Wounded Knee』(1973)収録
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■Amon Düül II "Fly United"
『Vive La Trance』(1973)収録
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■CAN "Spoon"
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■CAN "Outside My Door"
『Monster Movie』(1969)収録
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■DAF( Deutsch Amerikanische Freundschaft) "Co Co Pino"
『Die Kleinen und die Bösen』(1980)収録
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■The Fall "Industrial Estate"
『Live at the Witch Trials』(1979)収録
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http://www.transformer.co.jp/m/high-rise/


「High Rise is "not a criticism of post-war architecture" says director Ben Wheatley」
(from dezeen|2016.03.25)

「Dystopia in the Sky」
(from METROPOLIS|2016.06)

「Don’t think, feel: Clint Mansell on High-Rise, ABBA and getting Portishead back in the studio」
(from FactMAG|2016.03.21)

「Method Scoring: An Interview with Clint Mansell」
(from criterion|2016.05.06)

「High-Rise (2015) Soundtracks」- IMDb


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